MANAGEMENT ISSUE

今回の経営課題

「最高のおもてなし」と「人件費の最小化」。「客単価を上げる」と「口コミの件数を増やす」。経営計画に、両立しない目標が同時に掲げられていることがあります。現場はどちらを取ればよいか分からず、どちらも中途半端になります。

韓非の論難は三段です。堯と舜を同時に褒めることはできない(両立不能)。舜の徳化は一年に一つしか直せない(非効率)。権勢の位にいて賞罰で正すほうが、凡庸な君主でもできて早い(代案)。「矛盾」は最初の一段の譬えにすぎません。

漢文原文

『韓非子』難一(第4段「矛盾」の論難)の原文

或問儒者曰:「方此時也,堯安在?」其人曰:「堯爲天子。」「然則仲尼之聖堯奈何?聖人明察在上位,將使天下無姦也。今耕漁不争,陶器不窳,舜又何德而化?舜之救敗也,則是堯有失也。賢舜,則去堯之明察;聖堯,則去舜之德化,不可兩得也。楚人有鬻楯與矛者,譽之曰:『吾楯之堅,物莫能陷也。』又譽其矛曰:『吾矛之利,於物無不陷也。』或曰:『以子之矛陷子之楯,何如?』其人弗能應也。夫不可陷之楯與無不陷之矛,不可同世而立。今堯、舜之不可兩譽,矛楯之說也。且舜救敗,朞年已一過,三年已三過。舜有盡,壽有盡,天下過無已者;以有盡逐無已,所止者寡矣。賞罰使天下必行之,令曰:『中程者賞,弗中程者誅。』令朝至暮變,暮至朝變,十日而海内畢矣,奚待朞年?舜猶不以此說堯令從己,乃躬親,不亦無術乎?且夫以身爲苦而後化民者,堯、舜之所難也;處勢而矯下者,庸主之所易也。將治天下,釋庸主之所易,道堯、舜之所難,未可與爲政也。」

出典:『韓非子』難一(第4段「矛盾」の論難)/維基文庫固定版 2327685 原文と版情報を確認 ↗

読み下し文

矛盾の読み下し

或ひと儒者に問ひて曰はく、「此の時に方たりてや、堯安くにか在る」と。其の人曰はく、「堯天子爲り」と。「然らば則ち仲尼の堯を聖とするは奈何。聖人明察にして上位に在らば、將に天下をして姦無からしめんとす。今耕漁争はず、陶器窳ならずんば、舜又何の德ありてか化せん。舜の敗を救ふや、則ち是れ堯に失有るなり。舜を賢とすれば、則ち堯の明察を去り、堯を聖とすれば、則ち舜の德化を去る。兩つながら得べからざるなり。楚人に楯と矛とを鬻ぐ者有り。之を譽めて曰はく、『吾が楯の堅き、物能く陷す莫きなり』と。又其の矛を譽めて曰はく、『吾が矛の利なる、物に於いて陷さざる無きなり』と。或ひと曰はく、『子の矛を以て子の楯を陷さば、何如』と。其の人應ふること能はざるなり。夫れ陷すべからざるの楯と陷さざる無きの矛とは、世を同じうして立つべからず。今堯・舜の兩つながら譽むべからざるは、矛楯の說なり。且つ舜の敗を救ふこと、朞年にして一過を已め、三年にして三過を已む。舜盡くる有り、壽盡くる有り、天下の過ちは已むこと無き者なり。盡くる有るを以て已むこと無きを逐ふ、止むる所の者寡し。賞罰は天下をして必ず之を行はしむ。令して曰はく、『程に中たる者は賞し、程に中たらざる者は誅す』と。令朝に至れば暮に變じ、暮に至れば朝に變じ、十日にして海内畢る。奚ぞ朞年を待たん。舜猶ほ此を以て堯に說きて己に從はしめずして、乃ち躬親す、亦術無からずや。且つ夫れ身を以て苦しみと爲して而る後に民を化するは、堯・舜の難しとする所なり。勢に處りて下を矯むるは、庸主の易しとする所なり。將に天下を治めんとして、庸主の易しとする所を釋てて、堯・舜の難しとする所を道ふは、未だ與に政を爲すべからざるなり」と。

  • 読みいわゆる「矛盾」の故事を含む段。難勢篇にも同じ話がある。

読み下しは、掲載した原文から新たに作成した下書きで、校閲前のものです。漢字は原文の字体を保ち、送り仮名は歴史的仮名遣いです。訓読には異なる読み方があります。

現代語訳

矛盾を現代の言葉で読む

ある人が儒者に問うて言った。「この時、堯はどこにいたのか。」その人は言った。「堯は天子であった。」「それなら、孔子が堯を聖人とするのはどういうことか。聖人が明察で上位にいれば、天下に悪事をなくそうとするはずだ。もし農民と漁師が争わず、陶器が粗悪でなかったなら、舜はどんな徳で人を変えたというのか。舜が失敗を救ったのなら、堯に落ち度があったことになる。舜を賢とすれば、堯の明察を否定することになり、堯を聖とすれば、舜の徳化を否定することになる。両方を同時に得ることはできない。楚の人で盾と矛を売る者がいた。これを褒めて言った。『私の盾の堅さは、どんな物も貫くことができない。』また矛を褒めて言った。『私の矛の鋭さは、どんな物でも貫かないものはない。』ある人が言った。『あなたの矛であなたの盾を突いたら、どうなるか。』その人は答えられなかった。貫けない盾と、何でも貫く矛とは、同じ世に並び立つことはできない。いま堯と舜を両方とも褒められないのは、この矛と盾の理屈である。それに、舜が失敗を救うのは、一年で一つの過ちを直し、三年で三つの過ちを直す。舜には限りがあり、寿命には限りがある。天下の過ちはやむことがない。限りあるもので限りないものを追えば、止められるものは少ない。賞罰は、天下に必ず行わせる。令を出して言う。『規定に合う者は賞し、合わない者は罰する。』令が朝に届けば夕には変わり、夕に届けば朝には変わる。十日で国中が行き渡る。どうして一年を待つことがあろう。舜はこれをもって堯に説いて自分に従わせず、自分で出かけて行った。術がないではないか。それに、自分の身を苦しめたうえで民を変えるのは、堯や舜でも難しいとすることだ。権勢の位にいて下を正すのは、凡庸な君主でも易しいとすることだ。天下を治めようとして、凡庸な君主でも易しいことを捨て、堯や舜でも難しいことを言うのは、ともに政治をするに足りない。」

掲載した読み下し文の流れを追えるよう、平易な現代語に訳しています。現代の組織へそのまま適用するのではなく、本文の考え方を理解するための訳です。

WORDS & CONTEXT

語句と背景

難(なん)

論難、反駁。難一・難二・難三・難四の四篇は、先行する故事や通説を取り上げて批判する形式です。本データの読み下しの注にあるとおり、難一篇からは「矛盾」の論難(第4段)とその前提の故事(第3段)のみを収録しています。

儒者

ここでは、堯と舜をともに聖人と称える儒家の立場を代表する相手です。

堯・舜

伝説上の聖天子。舜は堯に仕え、のちに位を譲られました。

歷山(れきざん)・河濵・東夷

第3段で舜が出かけて行った場所です。

楯(じゅん)

盾。「矛楯」は現在の「矛盾」です。

陷す(おとす)

貫く、突き破る。

程(てい)

規定、基準。「程に中たる者は賞し」は、基準に合えば賞する、という賞罰の令です。

躬親(きゅうしん)

自分の身で行うこと。舜が自分で耕し、漁をし、陶器を作ったことを指します。

勢(せい)

権勢の位。『韓非子』の鍵になる語で、君主が持つ地位の力を意味します。

背景

「矛盾」という言葉はこの話から出ました。今では論理の不整合をいう言葉ですが、原話では、儒家が堯と舜を同時に聖人と称えることへの批判の道具でした。盾と矛の譬えは短く、堯舜の問題は長い。韓非の関心は譬えのほうではなく、堯舜のほうにあります。

論難の構造は三段です。第一に、堯が聖人なら舜の徳化は不要で、舜が必要だったなら堯は聖人ではない、という両立不能。第二に、舜の徳化は一年に一つしか直せず、有限の寿命で無限の過ちは追えない、という非効率。第三に、権勢の位にいて賞罰で正すほうが、凡庸な君主でもできて早い、という代案。第一で儒家の前提を崩し、第二で儒家の方法を否定し、第三で法家の方法を示す。「矛盾」は、この三段のうち第一段の譬えにすぎません。

この論難には、韓非の政治観がよく出ています。君主が自分の身を苦しめて民の手本になることは、堯や舜のような聖人でなければできない。そんな君主を待っていては国は治まらない。権勢の位と賞罰の令があれば、凡庸な君主でも十日で国中を動かせる。政治は聖人のためのものではなく、普通の人間が普通にできる仕組みであるべきだ、という考えです。同じ話は難勢篇にもあり、本データの読み下しの注にもその旨を記しています。

本文の解説

「矛盾」は三段の論難のうち、最初の一段の道具

難一篇は、まず故事を掲げ、次に「或ひと曰く」でそれを論難する形式の篇です。この段の前には、第3段として舜の話が置かれています。歴山の農民が畔を侵し合うと、舜が行って耕し、一年で畔が正しくなった。河のほとりの漁師が漁場を争うと、舜が行って漁をし、一年で年長者に譲るようになった。東夷の陶工の器が粗悪だと、舜が行って陶器を作り、一年で器が丈夫になった。孔子はこれを「聖人の徳化だ」と称えた、という話です(第3段。本記事には含めていません)。

第4段はこれへの論難です。ある人が儒者に問います。そのとき堯はどこにいたのか。天子だった。それなら、聖人が明察で上位にいれば天下に悪はないはずで、舜が出て行って直す必要はない。舜が失敗を救ったなら、堯に落ち度があったことになる。舜を賢とすれば堯の明察を否定し、堯を聖とすれば舜の徳化を否定する。両方は成り立たない。楚人が盾と矛を売り、「私の盾はどんな物も貫けない」「私の矛はどんな物も貫く」と言った。「あなたの矛であなたの盾を突いたら」と問われて、答えられなかった。貫けない盾と何でも貫く矛は、同時には成り立たない。堯と舜を同時に褒められないのは、この矛と盾の理屈だ。さらに、舜は一年に一つの過ちを直し、三年で三つ。舜の寿命には限りがあり、天下の過ちには限りがない。限りある身で限りないものを追えば、直せるのはわずかだ。賞罰なら、天下に必ず行わせられる。令を出せば十日で国中に行き渡る。一年など待たない。舜は堯にこれを説かず、自分で出かけて行った。術がないではないか。身を苦しめて民を変えるのは、堯や舜でも難しい。権勢の位にいて下を正すのは、凡庸な君主でも易しい。天下を治めるのに、凡庸な君主でも易しいことを捨て、堯や舜でも難しいことを言うのは、ともに政治をするに足りない、と(第4段)。

「矛盾」の出典です。

原文を読む

  • 「舜を賢とすれば、則ち堯の明察を去り、堯を聖とすれば、則ち舜の德化を去る。兩つながら得べからざるなり」(第4段)――論難の第一の柱です。舜が民を直したなら、堯の治世に直すべきものがあった。堯が聖人なら、舜の出る幕はなかった。儒家が二人を同時に聖人とすることの矛盾を突きます。
  • 「吾が楯の堅き、物能く陷す莫きなり」「吾が矛の利なる、物に於いて陷さざる無きなり」(第4段)――「矛盾」の出典です。盾も矛も、それぞれ単独なら立派な宣伝です。
  • 「子の矛を以て子の楯を陷さば、何如」(第4段)――二つの宣伝を一つにぶつける問いです。売り手は答えられません。
  • 「夫れ陷すべからざるの楯と陷さざる無きの矛とは、世を同じうして立つべからず」(第4段)――結論の句です。「世を同じうして立つべからず」、同時には成り立たない。
  • 「今堯・舜の兩つながら譽むべからざるは、矛楯の說なり」(第4段)――譬えを本題に戻します。堯と舜を同時に褒めることは、盾と矛を同時に褒めることだ、と。
  • 「盡くる有るを以て已むこと無きを逐ふ、止むる所の者寡し」(第4段)――論難の第二の柱です。舜のやり方は一年に一つしか直せない。寿命は有限で、過ちは無限。徳化は方法として非効率だ、と。
  • 「勢に處りて下を矯むるは、庸主の易しとする所なり」(第4段)――第三の柱です。権勢の位にいて賞罰で下を正すのは、凡庸な君主でもできる。堯や舜でも難しい徳化を説く者は、政治を語るに足りない。

要点

  • 舜が自ら耕し漁をして民を正した話を、ある人が「堯が聖人なら舜は不要、舜が必要なら堯に落ち度がある」と論難し、盾と矛の譬えで両立不能を示した段です。「矛盾」の出典です。
  • 論難は、堯舜の両立不能、徳化の非効率、賞罰による代案の三段で、盾と矛の譬えは第一段の道具です。
  • 政治は聖人を待つものではなく、凡庸な君主でも権勢と賞罰で動かせる仕組みであるべきだ、という韓非の考えが出ています。

INTERPRETATION

AI時代の経営への読み替え

AIは、経営計画の目標同士の矛盾を見つけるのが得意です。「この二つは同時に最大化できない」と指摘してくれます。しかしどちらを取るかは、経営者が決めるしかありません。矛と盾の売り手は答えられませんでした。経営者は答える役です。

もう一つ、第三段の「聖人を待たない」考え方です。舜のような人が自分で耕して民を変えるのを待つより、凡庸な君主でも回る賞罰の仕組みを作る。優秀な支配人や料理長が来るのを待つ経営より、普通の人が普通に回せる仕組みを作る経営のほうが、十日で国中に行き渡る、と韓非は言います。

LODGING & TOURISM

宿泊・観光の現場例

「客単価の向上」と「稼働率の向上」を同じ年度の目標に掲げ、販売担当が値下げで稼働を埋め、評価の場で両方から責められた、という例があったとします。矛で盾を突いた形です。

「名物料理長が来れば立て直せる」と待ち続けた旅館が、料理長を待つ間に、レシピの標準化と仕入れの仕組みを整えて普通の料理人で回るようにした隣の旅館に抜かれた、という話もあります。聖人を待つか、仕組みを作るかです。

現場例は、支援内容を考えるための提案例であり、実在する顧客施設の運用実績ではありません。

TRY TOMORROW

明日から試せる問い・行動

矛と盾を、並べる

  1. 両立しない目標はないか。経営計画の目標を二つずつ組み合わせて点検する。
  2. どちらを取るか。売り手のように黙らず、経営者が答える。
  3. 聖人を待っていないか。優秀な人が来なくても回る仕組みを、一つ作る。

「世を同じうして立つべからず」。同時に立たないものは、どちらかを下ろすしかありません。

SOURCE & NOTES

出典・版・注記

  • 原文:維基文庫「韓非子/難一」固定版 2327685(ページ、固定版、履歴)。原著(韓非『韓非子』)はパブリックドメイン。電子テキストの編集上の寄与は CC BY-SA 4.0(https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/)。
  • 原文への変更:本文を抽出し、表示用記法・空白を整理。小見出しを保持し、異読をnotesへ分離。
  • 読み下し文:本データで原文から新たに作成したもので、既存の訳注書の転載ではない。状態:draft_unreviewed(未校閲)。CC BY-SA 4.0。

読み下し・現代語訳・本文解説・経営解釈:宿泊DXラボ。読み下し・現代語訳・解説は原文から新たに作成した下書きで、校閲前のものです。古典の訓読と解釈には異なる見方があります。

編集:宿泊DXラボ。