MANAGEMENT ISSUE

今回の経営課題

小規模な宿泊施設は、予約サイト、旅行会社、大口の法人顧客から「この条件を飲んでほしい」と迫られることがあります。正面から断れば取引を失い、飲めば採算が崩れる。力の差があるとき、交渉はどう組み立てればよいでしょうか。

九鼎の話の周は、秦にも斉にも力では抗えません。顏率が使ったのは、相手の欲しいものを先に見せることと、実行の手順を具体的に問うことでした。弱い側の交渉には、この二つの型があります。

漢文原文

『戰國策』東周「秦興師臨周而求九鼎」の原文

秦興師臨周而求九鼎,周君患之,以告顏率。顏率曰:「大王勿憂,臣請東借救於齊。」顏率至齊,謂齊王曰:「夫秦之為無道也,欲興兵臨周而求九鼎,周之君臣,內自盡計,與秦,不若歸之大國。夫存危國,美名也;得九鼎,厚寶也。願大王圖之。」齊王大悅,發師五萬人,使陳臣思將以救周,而秦兵罷。齊將求九鼎,周君又患之。顏率曰:「大王勿憂,臣請東解之。」顏率至齊,謂齊王曰:「周賴大國之義,得君臣父子相保也,願獻九鼎,不識大國何塗之從而致之齊?」齊王曰:「寡人將寄徑於梁。」顏率曰:「不可。夫梁之君臣欲得九鼎,謀之暉臺之下,少海之上,其日久矣。鼎入梁,必不出。」齊王曰:「寡人將寄徑於楚。」對曰:「不可。楚之君臣欲得九鼎,謀之於葉庭之中,其日久矣。若入楚,鼎必不出。」王曰:「寡人終何塗之從而致之齊?」顏率曰:「弊邑固竊為大王患之。夫鼎者,非效䤈壺醬甀耳,可懷挾提挈以至齊者;非效鳥集烏飛,兔興馬逝,灕然止於齊者。昔周之伐殷,得九鼎,凡一鼎而九萬人輓之,九九八十一萬人,士卒師徒,器械被具,所以備者稱此。今大王縱有其人,何塗之從而出?臣竊為大王私憂之。」齊王曰:「子之數來者,猶無與耳。」顏率曰:「不敢欺大國,疾定所從出,弊邑遷鼎以待命。」齊王乃止。

出典:『戰國策』東周「秦興師臨周而求九鼎」/維基文庫固定版 2458631 原文と版情報を確認 ↗

読み下し文

九鼎の読み下し

第1段

秦師を興して周に臨みて九鼎を求む。周君之を患ひ、以て顏率に告ぐ。顏率曰はく、「大王憂ふること勿かれ。臣請ふ東のかた救ひを齊に借らん」と。顏率齊に至り、齊王に謂ひて曰はく、「夫れ秦の無道を為すや、兵を興して周に臨みて九鼎を求めんと欲す。周の君臣、內に自ら計を盡くすに、秦に與へんよりは、之を大國に歸するに若かず、と。夫れ危國を存するは、美名なり。九鼎を得るは、厚寶なり。願はくは大王之を圖れ」と。齊王大いに悅び、師五萬人を發し、陳臣思をして將として以て周を救はしめ、而して秦兵罷む。

第2段

齊將に九鼎を求めんとす。周君又之を患ふ。顏率曰はく、「大王憂ふること勿かれ。臣請ふ東のかた之を解かん」と。顏率齊に至り、齊王に謂ひて曰はく、「周大國の義に賴りて、君臣父子相保つを得たり。願はくは九鼎を獻ぜん。識らず、大國何れの塗に從りて之を齊に致さんとするか」と。齊王曰はく、「寡人將に徑を梁に寄らんとす」と。顏率曰はく、「不可なり。夫れ梁の君臣九鼎を得んと欲し、之を暉臺の下、少海の上に謀ること、其の日久し。鼎梁に入らば、必ず出でず」と。齊王曰はく、「寡人將に徑を楚に寄らんとす」と。對へて曰はく、「不可なり。楚の君臣九鼎を得んと欲し、之を葉庭の中に謀ること、其の日久し。若し楚に入らば、鼎必ず出でず」と。王曰はく、「寡人終に何れの塗に從りて之を齊に致さん」と。顏率曰はく、「弊邑固より竊かに大王の為に之を患ふ。夫れ鼎は、䤈壺醬甀に效ひて、懷挾提挈して以て齊に至るべき者に非ざるのみ。鳥の集まり烏の飛び、兔の興り馬の逝くに效ひて、灕然として齊に止まる者に非ず。昔周の殷を伐つや、九鼎を得たり。凡そ一鼎にして九萬人之を輓き、九九八十一萬人、士卒師徒、器械被具、以て備ふる所の者此に稱ふ。今大王縱ひ其の人有るも、何れの塗に從りて出ださん。臣竊かに大王の為に私かに之を憂ふ」と。齊王曰はく、「子の數々來たるは、猶ほ與ふること無きのみ」と。顏率曰はく、「敢へて大國を欺かず。疾く從りて出づる所を定めよ、弊邑鼎を遷して以て命を待たん」と。齊王乃ち止む。

第1段の注

  • 読みいわゆる「九鼎」の故事。『戰國策』からは主要な故事を含む策のみを収録している。

読み下しは、掲載した原文から新たに作成した下書きで、校閲前のものです。漢字は原文の字体を保ち、送り仮名は歴史的仮名遣いです。訓読には異なる読み方があります。

現代語訳

九鼎を現代の言葉で読む

秦が軍を起こして周に迫り、九鼎を求めた。周君はこれを憂え、顏率に告げた。顏率は言った。「大王、ご心配なく。私が東の斉に救いを借りてまいります。」顏率は斉に着くと斉王に言った。「秦は無道で、兵を起こして周に迫り九鼎を求めています。周の君臣は内々に相談を尽くしましたが、秦に与えるより大国(斉)に差し上げたほうがよい、と。危うい国を救うのは美名であり、九鼎を得るのは厚い宝です。どうかお考えください。」斉王は大いに喜び、五万の軍を出して陳臣思を将として周を救わせ、秦の軍は引き揚げた。

斉が九鼎を求めようとし、周君はまた憂えた。顏率は言った。「大王、ご心配なく。私が東へ行って解決してまいります。」顏率は斉に着くと斉王に言った。「周は大国の義によって君臣父子が互いに守られました。九鼎を献上したいのですが、大国はどの道を通って斉まで運ばれるおつもりでしょうか。」斉王は言った。「魏に道を借りよう。」顏率は言った。「いけません。魏の君臣は九鼎を欲しがって、暉台の下、少海のほとりで長年謀っています。鼎が魏に入れば、必ず出てきません。」斉王は言った。「では楚に道を借りよう。」「いけません。楚の君臣も九鼎を欲しがって、葉庭で長年謀っています。楚に入れば、鼎は必ず出てきません。」王は言った。「結局どの道を通って斉まで運べばよいのか。」顏率は言った。「わが国もひそかに大王のために案じております。そもそも鼎は、酢の壺や醤の瓶のように懐に抱えて斉まで持って来られるものではありません。鳥が集まり烏が飛ぶように、兎が跳ね馬が駆けるように、ひとりでに斉に着くものでもありません。むかし周が殷を伐って九鼎を得たとき、一つの鼎を九万人で引きました。九九八十一万人、兵士と人夫、道具と備品が、それに見合うだけ用意されたのです。いま大王にそれだけの人がいたとしても、どの道から出すのでしょう。私はひそかに大王のために心配しています。」斉王は言った。「おまえが何度も来るのは、結局与える気がないということだな。」顏率は言った。「大国をあざむくつもりはありません。早く運び出す道を定めてください。わが国は鼎を動かしてご命令を待ちます。」斉王はそこで取り下げた。

掲載した読み下し文の流れを追えるよう、平易な現代語に訳しています。現代の組織へそのまま適用するのではなく、本文の考え方を理解するための訳です。

WORDS & CONTEXT

語句と背景

九鼎(きゅうてい)

夏の禹が九州の金属を集めて鋳たと伝えられる九つの鼎。王朝の正統を示す宝器として周に伝わりました。

顏率(がんそつ)

周の臣。『戦国策』ではこの話にのみ登場します。

陳臣思

斉の将。斉の田氏はもと陳氏なので、田臣思と同じ人物とみられます。

梁

魏のこと。都を大梁に移してからは梁とも呼ばれました。暉台・少海はその都の近くの地名とされます。

葉庭

楚の地。

䤈壺醬甀(けいこ・しょうすい)

酢を入れる壺と醤(ひしお)を入れる瓶。持ち運べる小物の例です。

背景

『戦国策』東周策の冒頭に置かれた話です。周はすでに小国で、秦にも斉にも力では抗えません。顏率が頼れるのは言葉だけです。第1段では斉の欲を利用して秦を退け、第2段では同じ欲を「運べない」という実務の壁で封じます。約束を破ったわけではなく、相手が自分から断念するように持っていく。弱国の外交の見本として読まれてきました。

ただ、この話は古くから疑われてもいます。九鼎の重さや八十一万人という数字が現実的でないからです。『戦国策』の話は史実の記録というより、こういう弁舌が可能だという見本集として読むのが安全です。

本文の解説

断らずに、相手が自分から引く形をつくる

秦が軍を進めて周に迫り、王権の象徴である九鼎を要求します。周君は顏率(がんそつ)に相談し、顏率は斉に赴いて「秦に渡すより斉に差し上げたい」と持ちかけ、斉の援軍で秦を退かせます(第1段)。ところが今度は斉が九鼎を求めます。顏率は再び斉へ行き、「どの道を通って運ぶのか」と問います。魏を通れば魏が取る、楚を通れば楚が取る。しかも鼎は一つ運ぶのに九万人が要る。斉王は返す言葉がなく、要求を取り下げました(第2段)。

原文を読む

  • 「秦に與へんよりは、之を大國に歸するに若かず」(第1段)――顏率は斉に「周を助けてほしい」とは言わず、「九鼎を斉に差し上げたい」と言います。相手の欲しいものを先に出す話の運び方です。
  • 「識らず、大國何れの塗に從りて之を齊に致さんとするか」(第2段)――第2段の顏率は、渡さないとは言いません。「どの道で運ぶのですか」と、運搬という実務の問いに話をすり替えます。
  • 「鼎梁に入らば、必ず出でず」(第2段)――魏の道を選べば魏に取られ、楚の道を選べば楚に取られる。候補をひとつずつ潰していきます。
  • 「凡そ一鼎にして九萬人之を輓き、九九八十一萬人」(第2段)――運搬の規模を誇張して、そもそも運べないと示します。数字の大きさそのものが説得の道具になっています。
  • 「子の數々來たるは、猶ほ與ふること無きのみ」(第2段)――斉王は顏率の狙いを見抜いています。それでも理詰めに負けて引き下がるところが、この話の面白さです。

要点

  • 周の顏率が、九鼎を欲しがる斉を利用して秦を退け、次いで斉の要求も「運搬の道がない」と封じた話です。
  • 第1段と第2段で、同じ相手の同じ欲を、助けを引き出すためにも、要求をかわすためにも使っています。
  • 数字や地理の非現実さから、史実というより弁舌の見本として読まれてきました。

INTERPRETATION

AI時代の経営への読み替え

AIは、相手の提示条件を比較し、交渉文の下書きを作るのが得意です。しかし相手が本当に欲しがっているもの、たとえば地域での送客実績や、自社の客層が相手にとって持つ価値を読むのは、人の仕事です。顏率が斉王に「九鼎を差し上げたい」と言ったのは、相手の欲を先に満たして味方にする型です。

第2段の「どの道で運ぶのか」は、要求を実務の条件に分解する型です。相手の要求をそのまま受けず、実行の手順、費用、誰が負担するかを一つずつ問うと、相手の側の実行コストが見えてきます。その過程で相手が自分から引くことは珍しくありません。

LODGING & TOURISM

宿泊・観光の現場例

予約サイトから「他社にない割引率で独占プランを出してほしい」と求められた施設が、断る代わりに「どの客層に、どの時期に、どの客室で」と条件を詰めていくと、相手の担当者にも実行の手間が見え、要求が現実的な範囲に落ち着くことがあります。

法人の団体予約で、キャンセル無料や後払いなど無理な条件を求められたときも同じです。「キャンセルが出た場合の手順は」「支払いの承認は誰が」と問うことで、相手の社内の実務が見え、条件の交渉に移れます。

現場例は、支援内容を考えるための提案例であり、実在する顧客施設の運用実績ではありません。

TRY TOMORROW

明日から試せる問い・行動

要求を受けたとき、三つを確かめる

  1. 相手が本当に欲しいものは何か。要求そのものではなく、その先にある目的を書き出す。
  2. 要求を実行する手順と費用は誰が負うのか。相手の側の実務を具体的に問う。
  3. 断らずに、相手が自分から引く条件はあるか。実行の壁を見せる言い方を用意する。

三つが書けないうちは、返事を急がないことです。

SOURCE & NOTES

出典・版・注記

  • 原文:維基文庫「戰國策 (士禮居叢書本)/東周」固定版 2458631(ページ、固定版、履歴)。原著(劉向 編『戰國策』)はパブリックドメイン。電子テキストの編集上の寄与は CC BY-SA 4.0(https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/)。
  • 原文への変更:本文を抽出し、姚本・鮑本・札記等の注釈と注釈行を除去。策ごとの見出しをsection_titleに分離し、校記をnotesへ分離。
  • 読み下し文:本データで原文から新たに作成したもので、既存の訳注書の転載ではない。状態:draft_unreviewed(未校閲)。CC BY-SA 4.0。

読み下し・現代語訳・本文解説・経営解釈:宿泊DXラボ。読み下し・現代語訳・解説は原文から新たに作成した下書きで、校閲前のものです。古典の訓読と解釈には異なる見方があります。

編集:宿泊DXラボ。