MANAGEMENT ISSUE
今回の経営課題
取締役会や家族会議で、正面から反対すると相手は意地になる。墨子の方法は、相手に先に一般論の判断を言わせ、それを相手自身の件に当てることでした。公輸般には「義として王を殺さない」と言わせ、楚王には「盗癖だ」と言わせています。
もう一つは、大が小を攻める不合理です。楚は五千里、宋は五百里。自分のごちそうを捨てて隣の糠を盗むようなものだ、と。本業の強みを捨てて弱い相手の領域に手を出す経営にも、同じ問いが向きます。
漢文原文
『戰國策』宋衛「公輸般爲楚設機」の原文
公輸般爲楚設機,將以攻宋。墨子聞之,百舍重繭,往見公輸般,謂之曰:「吾自宋聞子。吾欲藉子殺王。」公輸般曰:「吾義固不殺王。」墨子曰:「聞公爲雲梯,將以攻宋。宋何罪之有?義不殺王而攻國,是不殺少而殺眾。敢問攻宋何義也?」公輸般服焉,請見之王。墨子見楚王曰:「今有人於此,舍其文軒,鄰有弊輿而欲竊之;舍其錦繡,鄰有短褐而欲竊之;舍其梁肉,鄰有糟糠而欲竊之。此爲何若人也?」王曰:「必爲有竊疾矣。」墨子曰:「荊之地方五千里,宋方五百里,此猶文軒之與弊輿也。荊有雲夢,犀兕麋鹿盈之,江、漢魚鱉黿鼉爲天下饒,宋所謂無雉兔鮒魚者也,此猶梁肉之與糟糠也。荊有長松、文梓、楩、柟、豫樟,宋無長木,此猶錦繡之與短褐也。惡以王吏之攻宋,爲與此同類也。」王曰:「善哉!請無攻宋。」出典:『戰國策』宋衛「公輸般爲楚設機」/維基文庫固定版 2458615 原文と版情報を確認 ↗
読み下し文
墨子、楚の宋攻めを止めるの読み下し
第2段
公輸般楚の爲に機を設け、將に以て宋を攻めんとす。墨子之を聞き、百舍して繭を重ね、往きて公輸般に見え、之に謂ひて曰はく、「吾宋自り子を聞く。吾子を藉りて王を殺さんと欲す」と。公輸般曰はく、「吾義として固より王を殺さず」と。墨子曰はく、「聞く、公雲梯を爲り、將に以て宋を攻めんとす、と。宋何の罪か之れ有らん。義として王を殺さずして國を攻むるは、是れ少を殺さずして眾を殺すなり。敢へて問ふ、宋を攻むるは何の義ぞや」と。公輸般服し、之を王に見えしめんことを請ふ。
第3段
墨子楚王に見えて曰はく、「今此に人有り、其の文軒を舍てて、鄰に弊輿有れば之を竊まんと欲し、其の錦繡を舍てて、鄰に短褐有れば之を竊まんと欲し、其の梁肉を舍てて、鄰に糟糠有れば之を竊まんと欲す。此れ何若なる人と爲すや」と。王曰はく、「必ず竊疾有りと爲さん」と。
第4段
墨子曰はく、「荊の地は方五千里、宋は方五百里、此れ猶ほ文軒の弊輿に與するがごときなり。荊に雲夢有り、犀兕麋鹿之に盈ち、江・漢の魚鱉黿鼉天下の饒と爲る。宋は所謂雉兔鮒魚無き者なり。此れ猶ほ梁肉の糟糠に與するがごときなり。荊に長松・文梓・楩・柟・豫樟有り、宋に長木無し。此れ猶ほ錦繡の短褐に與するがごときなり。惡ぞ王の吏の宋を攻むるを以て、此と類を同じうすと爲さんや」と。王曰はく、「善きかな。請ふ宋を攻むること無からん」と。
第2段の注
- 読み墨子が楚の宋攻めを止めた故事。『墨子』公輸篇にも見える。
第4段の注
- 解釈採用:「惡」を反語の疑問詞と取る。異説:『墨子』により「臣」の誤りとして断定文に読む説がある。
- 採用:「惡ぞ王の吏の宋を攻むるを以て、此と類を同じうすと爲さんや」と反語に読み、「王の官吏が宋を攻めるのは、まさにこれと同類だと思うが、どうか」と婉曲に問いかけた意と解する。
- 異説:『墨子』公輸篇は「臣以王吏之攻宋也,爲與此同類」に作り、「惡」を「臣」の誤りとみて「臣は王の吏の宋を攻むるを以て、此と類を同じうすと爲す」と断定文に読む説。
読み下しは、掲載した原文から新たに作成した下書きで、校閲前のものです。漢字は原文の字体を保ち、送り仮名は歴史的仮名遣いです。訓読には異なる読み方があります。
現代語訳
墨子、楚の宋攻めを止めるを現代の言葉で読む
公輸般が楚のために機械を作り、宋を攻めようとした。墨子はこれを聞き、百日分の宿を重ねて歩いて足に繭を重ね、行って公輸般に会い、言った。「私は宋であなたのことを聞いた。あなたの力を借りて王を殺したい。」公輸般は言った。「私は義として、もとより王を殺さない。」墨子は言った。「聞くところでは、あなたは雲梯を作って宋を攻めようとしている。宋に何の罪があるのか。義として王を殺さないと言いながら国を攻めるのは、少数を殺さずに多数を殺すことだ。お尋ねする。宋を攻めるのは何の義か。」公輸般は服し、墨子を王に会わせることを請った。(第2段)
墨子は楚王に会って言った。「いまここに人がいて、自分の飾り車を捨てて、隣に壊れた車があればそれを盗もうとし、自分の錦の衣を捨てて、隣に粗い短衣があればそれを盗もうとし、自分のごちそうを捨てて、隣に糟や糠があればそれを盗もうとします。これはどんな人でしょうか。」王は言った。「必ず盗みの病があるのだろう。」(第3段)
墨子は言った。「楚の地は五千里四方、宋は五百里四方。これは飾り車と壊れた車を並べるようなものです。楚には雲夢があり、犀や鹿が満ち、江と漢の魚や亀は天下一の豊かさです。宋はいわば雉も兎も鮒もいない所です。これはごちそうと糟や糠を並べるようなものです。楚には長い松、文梓、楩、柟、豫樟があり、宋には長い木がありません。これは錦と短衣を並べるようなものです。王の役人が宋を攻めるのは、これと同類ではないでしょうか。」王は言った。「よい。宋を攻めることはやめよう。」(第4段)
掲載した読み下し文の流れを追えるよう、平易な現代語に訳しています。現代の組織へそのまま適用するのではなく、本文の考え方を理解するための訳です。
WORDS & CONTEXT
語句と背景
公輸般(こうしゅはん)
魯の名工。「公輸子」「魯般」とも呼ばれ、後世、職人の神として祭られました。
墨子(ぼくし)
墨翟。戦国初期の思想家で、「非攻」(侵略戦争の否定)を説きました。この話は『墨子』公輸篇にも見え、本データの読み下しの注にもその旨を記しています。
百舍重繭
百日分の宿を重ねるほど歩き、足に繭(まめ)が重なる。長旅の形容です。
雲梯(うんてい)
城壁に掛けて登る長い梯子。攻城の機械です。
文軒(ぶんけん)
飾りのある立派な車。弊輿は壊れた車です。
短褐(たんかつ)
粗い布の短い衣。貧しい者の着物です。
梁肉(りょうにく)
よい米と肉。糟糠は酒粕と米ぬかです。
雲夢(うんぼう)
楚の大きな沢。
背景
墨子の説得は二段構えです。公輸般には「義」を言わせてその矛盾を突き、楚王には第三者の譬えで「盗癖だ」と言わせてから、それが楚自身のことだと示します。どちらも、相手に先に判断を言わせてから、その判断を相手自身に向ける、という同じ形です。
この話の主題である「非攻」は、墨家の中心の教えでした。豊かな大国が貧しい小国を攻めるのは、自分のごちそうを捨てて隣の糠を盗むようなものだ、という譬えは、侵略戦争の不合理を、利益の面から説いています。義や仁ではなく、盗みの病という言葉を使うところが、墨子らしいところです。
『戦国策』宋衛策には、この墨子の話のほかに、小国が大国の間でどう生き残るかという話が多く集められています。宋はこの話では救われましたが、やがて斉に滅ぼされます。
本文の解説
同じ形の説得を二度使う
公輸般(こうしゅはん)が楚のために攻城の機械を作り、宋を攻めようとします。墨子はこれを聞き、長い旅で足に繭ができるほど歩いて公輸般に会い、「あなたの力を借りて王を殺したい」と言います。公輸般が「私は義として王を殺さない」と言うと、墨子は「あなたは雲梯を作って宋を攻めようとしている。宋に何の罪があるのか。王を殺さないのが義だと言いながら国を攻めるのは、少数を殺さずに多数を殺すことだ」と言います。公輸般は服し、墨子を楚王に会わせます(第2段)。墨子は楚王に、立派な車を捨てて隣の壊れた車を盗もうとし、錦を捨てて隣のぼろ着を盗もうとし、ごちそうを捨てて隣の糟や糠を盗もうとする人はどんな人かと問い、王は「盗癖のある人だ」と答えます(第3段)。墨子は、楚の五千里と宋の五百里、楚の豊かな産物と宋の貧しさを並べ、楚が宋を攻めるのはこれと同類ではないかと言います。王は「よい。宋を攻めるのはやめよう」と言いました(第4段)。
原文を読む
- 「吾子を藉りて王を殺さんと欲す」(第2段)――墨子の第一声です。わざと乱暴なことを言って、公輸般に「義として殺さない」と言わせます。相手の口から「義」を引き出すための仕掛けです。
- 「義として王を殺さずして國を攻むるは、是れ少を殺さずして眾を殺すなり」(第2段)――引き出した「義」を、そのまま公輸般に向けます。一人を殺さないのが義なら、国を攻めて多数を殺すことは義か、と。
- 「必ず竊疾有りと爲さん」(第3段)――楚王の答えです。王はまだ、自分の話をされていると気づいていません。第三者の譬えに正直に答えてしまいます。
- 「惡ぞ王の吏の宋を攻むるを以て、此と類を同じうすと爲さんや」(第4段)――本データでは「惡」を反語の疑問詞と読み、「これと同類だと思われないか」と婉曲に問いかけた形に取りました。『墨子』公輸篇では「臣以王吏之攻宋也、爲與此同類」とあり、「惡」を「臣」の誤りと見て「私は同類だと思います」という断定文に読む説もあります。読み下しの注にも両説を記しています。
- 「善きかな。請ふ宋を攻むること無からん」(第4段)――王の承諾です。自分で「盗癖だ」と言った以上、楚が宋を攻めることを盗癖ではないと言えなくなっています。
要点
- 楚の宋攻めを止めるため、墨子が公輸般に「義」の矛盾を突き、楚王に「盗癖」の譬えで攻撃の不合理を認めさせた話です。
- 相手に先に判断を言わせて、その判断を相手自身に向ける、という同じ形の説得を二度使っています。
- 墨家の「非攻」の教えを、義ではなく利益の面から説いた話で、『墨子』公輸篇にも同じ話があります。
INTERPRETATION
AI時代の経営への読み替え
説得の材料、比較表、相手の論理の整理はAIで作れます。墨子が使ったのは、楚と宋の資源の比較表に当たるものでした。しかし比較表を見せる前に、相手に「盗癖だ」と言わせる順序は、人が組みます。先に結論を見せると、相手は反論を考えます。先に判断を言わせると、相手は自分の言葉に縛られます。
「非攻」は、義ではなく利益の面から説かれています。豊かな側が貧しい側を攻めても、得るものは糠だ、と。自社の文軒(強み)を捨てて隣の弊輿を欲しがる投資は、墨子なら止めます。
LODGING & TOURISM
宿泊・観光の現場例
繁盛している料理旅館が、近隣の小さな民宿の客層を取りにいくために低価格プランを出し、自社の評判を下げた、という例があったとします。自分の錦を捨てて、隣の短衣を盗んだ形です。
社内の説得では、「会社として、スタッフの提案を聞かずに決めるのは正しいか」と先に一般論を認めさせてから、具体的な件に入る、という順序が使えます。
現場例は、支援内容を考えるための提案例であり、実在する顧客施設の運用実績ではありません。
TRY TOMORROW
明日から試せる問い・行動
盗癖を、点検する
- 自社の文軒は何か。他社が真似できない強みを一つ書く。
- 隣の弊輿を欲しがっていないか。弱い相手の領域に出ようとしている投資はないか。
- 相手に判断を先に言わせる問いを、一つ用意する。会議の前に書いておく。
「善きかな。請ふ宋を攻むること無からん」。王が自分でそう言う形を作るのが、墨子の説得です。
SOURCE & NOTES
出典・版・注記
- 原文:維基文庫「戰國策 (士禮居叢書本)/宋衛」固定版 2458615(ページ、固定版、履歴)。原著(劉向 編『戰國策』)はパブリックドメイン。電子テキストの編集上の寄与は CC BY-SA 4.0(https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/)。
- 原文への変更:本文を抽出し、姚本・鮑本・札記等の注釈と注釈行を除去。策ごとの見出しをsection_titleに分離し、校記をnotesへ分離。
- 読み下し文:本データで原文から新たに作成したもので、既存の訳注書の転載ではない。状態:draft_unreviewed(未校閲)。CC BY-SA 4.0。
読み下し・現代語訳・本文解説・経営解釈:宿泊DXラボ。読み下し・現代語訳・解説は原文から新たに作成した下書きで、校閲前のものです。古典の訓読と解釈には異なる見方があります。
編集:宿泊DXラボ。