MANAGEMENT ISSUE

今回の経営課題

事故、食中毒、口コミの炎上、大口顧客の喪失。大きな失敗のあと、経営者の最初の言葉が組織の空気を決めます。「もう駄目だ」と言えば現場は動かず、「大したことはない」と言えば同じ失敗を繰り返します。

莊辛は、都を失った王に「兎を見てから犬を放っても、羊を失ってから囲いを直しても、遅くはない」と言いました。そのあとで、なぜ失ったのかを、譬えを四段重ねて説いています。順序が大事です。

漢文原文

『戰國策』楚四「莊辛謂楚襄王」の原文

莊辛謂楚襄王曰:「君王左州侯,右夏侯,輦從鄢陵君與壽陵君,專淫逸侈靡,不顧國政,郢都必危矣。」襄王曰:「先生老悖乎?將以為楚國祅祥乎?」莊辛曰:「臣誠見其必然者也,非敢以為國祅祥也。君王卒幸四子者不衰,楚國必亡矣。臣請辟於趙,淹留以觀之。」莊辛去之趙,留五月,秦果舉鄢、郢、巫、上蔡、陳之地,襄王流揜於城陽。於是使人發騶,徵莊辛於趙。莊辛曰:「諾。」莊辛至,襄王曰:「寡人不能用先生之言,今事至於此,為之奈何?」莊辛對曰:「臣聞鄙語曰:『見兔而顧犬,未為晚也;亡羊而補牢,未為遲也。』臣聞昔湯、武以百里昌,桀、紂以天下亡。今楚國雖小,絕長續短,猶以數千里,豈特百里哉?「王獨不見夫蜻蛉乎?六足四翼,飛翔乎天地之間,俛啄蚊虻而食之,仰承甘露而飲之,自以為無患,與人無爭也。不知夫五尺童子,方將調鈆膠絲,加己乎四仞之上,而下為螻蟻食也。蜻蛉其小者也,黃雀因是以。俯噣白粒,仰棲茂樹,鼓翅奮翼,自以為無患,與人無爭也。不知夫公子王孫,左挾彈,右攝丸,將加己乎十仞之上,以其類為招。晝游乎茂樹,夕調乎酸鹹,倏忽之間,墜於公子之手。「夫雀其小者也,黃鵠因是以。游於江海,淹乎大沼,府噣䱧鯉,仰嚙陵衡,奮其六翮,而凌清風,飄搖乎高翔,自以為無患,與人無爭也。不知夫射者,方將脩其𦲱盧,治其繒繳,將加己乎百仞之上。彼礛磻,引微繳,折清風而抎矣。故晝游乎江河,夕調乎鼎鼐。「夫黃鵠其小者也,蔡聖侯之事因是以。南游乎高陂,北陵乎巫山,飲茹谿流,食湘波之魚,左抱幼妾,右擁嬖女,與之馳騁乎高蔡之中,而不以國家為事。不知夫子發方受命乎宣王,繫己以朱絲而見之也。「蔡聖侯之事其小者也,君王之事因是以。左州侯,右夏侯,輩從鄢陵君與壽陵君,飯封祿之粟,而戴方府之金,與之馳騁乎雲夢之中,而不以天下國家為事。不知夫穰侯方受命乎秦王,填黽塞之內,而投己乎黽塞之外。」襄王聞之,顏色變作,身體戰慄。於是乃以執珪而授之為陽陵君,與淮北之地也。

出典:『戰國策』楚四「莊辛謂楚襄王」/維基文庫固定版 2458639 原文と版情報を確認 ↗

読み下し文

亡羊補牢の読み下し

第5段

莊辛楚の襄王に謂ひて曰はく、「君王左に州侯、右に夏侯、輦に鄢陵君と壽陵君とを從へ、專ら淫逸侈靡にして、國政を顧みず、郢都必ず危ふし」と。襄王曰はく、「先生老悖せるか。將た以て楚國の祅祥と為さんとするか」と。莊辛曰はく、「臣誠に其の必ず然る者を見るなり、敢へて以て國の祅祥と為すに非ざるなり。君王卒に四子なる者を幸して衰へずんば、楚國必ず亡びん。臣請ふ趙に辟け、淹留して以て之を觀ん」と。莊辛去りて趙に之き、留まること五月、秦果たして鄢・郢・巫・上蔡・陳の地を舉げ、襄王流れて城陽に揜はる。是に於いて人をして騶を發し、莊辛を趙に徵さしむ。莊辛曰はく、「諾」と。莊辛至る。襄王曰はく、「寡人先生の言を用ふること能はず、今事此に至る、之を為すこと奈何」と。

第6段

莊辛對へて曰はく、「臣聞く、鄙語に曰はく、『兔を見て犬を顧みるも、未だ晚しと為さず。羊を亡ひて牢を補ふも、未だ遲しと為さず』と。臣聞く、昔湯・武は百里を以て昌え、桀・紂は天下を以て亡ぶ、と。今楚國小なりと雖も、長きを絕ち短きを續げば、猶ほ數千里を以てす、豈に特だ百里のみならんや。

第7段

「王獨り夫の蜻蛉を見ずや。六足四翼、天地の間に飛翔し、俛して蚊虻を啄みて之を食ひ、仰ぎて甘露を承けて之を飲み、自ら以て患ひ無く、人と爭ふこと無しと為す。知らず、夫の五尺の童子、方に將に鈆膠絲を調へ、己に四仞の上に加へんとし、而して下は螻蟻の食と為るを。蜻蛉は其の小なる者なり、黃雀も是に因りて以す。俯して白粒を噣み、仰ぎて茂樹に棲み、翅を鼓し翼を奮ひ、自ら以て患ひ無く、人と爭ふこと無しと為す。知らず、夫の公子王孫、左に彈を挾み、右に丸を攝り、將に己に十仞の上に加へんとし、其の類を以て招と為すを。晝は茂樹に游び、夕には酸鹹に調へられ、倏忽の間に、公子の手に墜つ。

第8段

「夫れ雀は其の小なる者なり、黃鵠も是に因りて以す。江海に游び、大沼に淹り、府して䱧鯉を噣み、仰ぎて陵衡を嚙み、其の六翮を奮ひて、清風を凌ぎ、飄搖として高翔し、自ら以て患ひ無く、人と爭ふこと無しと為す。知らず、夫の射者、方に將に其の𦲱盧を脩め、其の繒繳を治め、將に己に百仞の上に加へんとするを。彼の礛磻、微繳を引き、清風を折りて抎つ。故に晝は江河に游び、夕には鼎鼐に調へらる。

第9段

「夫れ黃鵠は其の小なる者なり、蔡の聖侯の事も是に因りて以す。南のかた高陂に游び、北のかた巫山に陵り、茹谿の流れを飲み、湘波の魚を食ひ、左に幼妾を抱き、右に嬖女を擁し、之と高蔡の中に馳騁して、國家を以て事と為さず。知らず、夫の子發方に命を宣王に受け、己を朱絲を以て繫ぎて之に見せしむるを。

第10段

「蔡の聖侯の事は其の小なる者なり、君王の事も是に因りて以す。左に州侯、右に夏侯、輩に鄢陵君と壽陵君とを從へ、封祿の粟を飯ひて、方府の金を戴き、之と雲夢の中に馳騁して、天下國家を以て事と為さず。知らず、夫の穰侯方に命を秦王に受け、黽塞の內を填めて、己を黽塞の外に投ぜんとするを」と。

第11段

襄王之を聞き、顏色變作し、身體戰慄す。是に於いて乃ち執珪を以て之に授けて陽陵君と為し、淮北の地を與ふるなり。

第5段の注

  • 読みいわゆる「亡羊補牢」の故事。

第7段の注

  • 読み「因是以」は「是に因りて以(おな)じ」、同じことだ、の意。

読み下しは、掲載した原文から新たに作成した下書きで、校閲前のものです。漢字は原文の字体を保ち、送り仮名は歴史的仮名遣いです。訓読には異なる読み方があります。

現代語訳

亡羊補牢を現代の言葉で読む

莊辛が楚の襄王に言った。「王は左に州侯、右に夏侯、車に鄢陵君と壽陵君を従えて、ひたすら淫逸と奢侈にふけり、国政を顧みません。郢の都は必ず危うくなります。」襄王は言った。「先生は老いぼれたのか。それとも楚の国の不吉を言うつもりか。」莊辛は言った。「私は本当にそうなると見えているのです。国の不吉を言おうとしたのではありません。王がこの四人を寵愛し続けて改めなければ、楚は必ず亡びます。私は趙に退いて、しばらく留まって見ていたい。」莊辛は趙に行き、五か月留まった。秦ははたして鄢・郢・巫・上蔡・陳の地を奪い、襄王は流れて城陽に逃げ込んだ。そこで騎馬の使いを出し、莊辛を趙から召し返した。莊辛は「承知した」と言った。莊辛が着くと、襄王は言った。「私は先生の言葉を用いることができず、いま事はここに至った。どうすればよいか。」(第5段)

莊辛は答えた。「私は俚諺にこう聞いています。『兎を見てから犬を振り返っても、まだ遅くはない。羊を失ってから囲いを直しても、まだ遅くはない。』また、昔、湯王と武王は百里の地から栄え、桀と紂は天下を持ちながら亡んだと聞いています。いま楚は小さくなったとはいえ、長い所を切って短い所に継げば、まだ数千里あります。百里どころではありません。」(第6段)

「王はあのとんぼをご覧になったことがないでしょうか。六本の足と四枚の翅で天地の間を飛び、下を向いては蚊や虻をついばんで食い、上を向いては甘い露を受けて飲み、自分では心配事もなく、誰とも争わないと思っています。知らないのです。あの五尺の子どもが、ちょうど粘り膠を糸に塗って、四仞の高さで自分を捕らえようとしていて、落ちれば下で螻や蟻の餌になることを。とんぼは小さい例です。黄雀も同じことです。下を向いては白い米粒をついばみ、上を向いては茂った木に宿り、翅を鼓して翼を奮い、自分では心配事もなく、誰とも争わないと思っています。知らないのです。あの公子や王孫が、左に弾き弓を挟み、右に弾を持ち、十仞の高さで自分を狙い、自分の首を的にしていることを。昼は茂った木で遊び、夕べには酸と塩で味つけされ、あっという間に公子の手に落ちるのです。」(第7段)

「雀は小さい例です。黄鵠も同じことです。江海に遊び、大きな沼に浸り、下を向いては鰌や鯉をついばみ、上を向いては菱や蒪を噛み、六本の羽根を奮って清風をしのぎ、ふらふらと高く飛び、自分では心配事もなく、誰とも争わないと思っています。知らないのです。あの射手が、ちょうど黒い弓を整え、糸つき矢を手入れして、百仞の高さで自分を狙っていることを。鋭い石の矢じりが細い糸を引いて、清風を折って落とす。だから昼は江河に遊び、夕べには鼎の中で煮られるのです。」(第8段)

「黄鵠は小さい例です。蔡の霊侯のことも同じです。南は高陂に遊び、北は巫山に登り、茹谿の流れを飲み、湘の魚を食い、左に若い妾を抱き、右に寵愛する女を擁して、高蔡の中を馬で駆け回り、国家のことを顧みませんでした。知らなかったのです。あの子發が宣王の命を受けて、自分を赤い縄で縛って王に見せようとしていることを。」(第9段)

「蔡の霊侯のことは小さい例です。王のことも同じです。左に州侯、右に夏侯、車に鄢陵君と壽陵君を従え、封禄の粟を食べ、府庫の金を載せて、雲夢の中を馬で駆け回り、天下国家のことを顧みません。知らないのです。あの穰侯が秦王の命を受けて、黽塞の内を埋め、王を黽塞の外に放り出そうとしていることを。」(第10段)

襄王はこれを聞いて顔色が変わり、身体が震えた。そこで執珪の位を授けて陽陵君とし、淮北の地を与えた。(第11段)

掲載した読み下し文の流れを追えるよう、平易な現代語に訳しています。現代の組織へそのまま適用するのではなく、本文の考え方を理解するための訳です。

WORDS & CONTEXT

語句と背景

莊辛(そうしん)

楚の臣。楚の荘王の後裔とされますが、この話以外にはほとんど伝わりません。

楚襄王

楚の頃襄王。『史記』楚世家は、頃襄王二十一年に秦の将白起が郢を落とし、王は東北の陳城に拠った、と伝えます(維基文庫『史記』巻四十、固定版 8736796)。この話の「秦果たして鄢・郢・巫・上蔡・陳の地を舉げ」はその出来事を指します。

州侯・夏侯・鄢陵君・壽陵君

襄王の寵臣四人。

牢

羊や牛を囲う柵。「亡羊補牢」は今では「失敗の後に対策を取る」意味で使われますが、原文では「遅くはない」という前向きな言葉です。

仞(じん)

高さの単位。四仞、十仞、百仞と大きくなります。

蔡聖侯

蔡の霊侯とされます。『史記』管蔡世家は、楚の霊王が霊侯を申に誘い出して殺した、と伝えます(維基文庫『史記』巻三十五、固定版 8737302)。ここに出る「子發」「宣王」とは時代が合わないとされ、話の中の設定として読んでください。

穰侯(じょうこう)

秦の宰相魏冄。

黽塞(べんさい)

楚の北の要害。ここより外へ放り出す、とは楚から追い出す意味です。

執珪(しつけい)

楚の高い爵位。

背景

この話の構造は、同じ型の譬えを四回繰り返して、最後に相手自身に当てる、というものです。とんぼ、雀、鵠、蔡の君主、と対象は大きくなり、狙う者も子ども、公子、射手、楚の将、と強くなります。聞き手は「次は何だろう」と予測しながら聞くうちに、最後に自分の名が出てくる。莊辛の説得が王を震えさせたのは、理屈ではなく、この積み上げの効果です。

「亡羊補牢」は今では失敗を補う対策の意味で使われますが、原文では「未だ遅しと為さず」という励ましの文脈にあります。都を失った王に、莊辛はまず「手遅れではない」と言い、それから危機の説明に入ります。順序が逆なら、王は聞く気を失ったでしょう。

本文の解説

「遅くはない」と言ってから、油断の構造を四段で見せる

楚の襄王が州侯・夏侯・鄢陵君・壽陵君の四人を側に置いて遊びにふけるのを、莊辛(そうしん)が「このままでは都の郢(えい)が危ない」と諫めます。王は「老いぼれたか、楚の不吉を言うのか」と退けます。莊辛は趙へ退いて様子を見ると言い、五か月後、秦が楚の鄢・郢などを落とし、王は城陽へ逃れます。王は莊辛を呼び戻し、「どうすればよいか」と問います(第5段)。莊辛は「兔を見て犬を顧みるも、未だ晩しと為さず。羊を亡ひて牢を補ふも、未だ遅しと為さず」と答え、湯王・武王は百里から興り、桀・紂は天下を持って亡んだと説きます(第6段)。そして蜻蛉(とんぼ)、黄雀、黄鵠(おおとり)、蔡の霊侯と、小から大へ四つの譬えを重ねます。どれも「自分は安全だ」と思っていながら、気づかないうちに狙われている(第7〜9段)。最後に「王のことも同じです。穰侯が秦王の命を受けて、王を黽塞の外に放り出そうとしている」と結びます(第10段)。王は顔色を変え、身を震わせ、莊辛を陽陵君に封じました(第11段)。

「亡羊補牢」の出典です。

原文を読む

  • 「先生老悖せるか。將た以て楚國の祅祥と為さんとするか」(第5段)――最初の諫言への王の答えです。老いぼれか、縮起でもない不吉を言うのか。莊辛はこれに逆らわず、国を出て結果を待ちます。
  • 「兔を見て犬を顧みるも、未だ晚しと為さず。羊を亡ひて牢を補ふも、未だ遲しと為さず」(第6段)――「亡羊補牢」の原文です。兎が出てから犬を放つ、羊が逃げてから囲いを直す。どちらも「遅いが、手遅れではない」という励ましの言葉です。
  • 「自ら以て患ひ無く、人と爭ふこと無しと為す」(第7段)――とんぼ、黄雀、黄鵠に同じ句が繰り返されます。「自分は安全だ」と思い込んでいる者の油断が、四つの話の共通の軸です。
  • 「蜻蛉は其の小なる者なり、黃雀も是に因りて以す」(第7段)――「〜は小さい例だ、〜も同じことだ」という接続で、とんぼから黄雀、黄鵠、蔡の霊侯、そして王へと、譬えを一段ずつ大きくします。
  • 「晝は茂樹に游び、夕には酸鹹に調へられ」(第7段)/「晝は江河に游び、夕には鼎鼐に調へらる」(第8段)――昼と夕の対比です。朝まで安全だった者が、夕方には料理されている。
  • 「己を黽塞の外に投ぜんとするを」(第10段)――最後の譬えで、話はいきなり王自身に向きます。秦の穰侯があなたを狙っている、と。王はここで身を震わせます。

要点

  • 都を失った楚の襄王に、莊辛が「羊を失ってから囲いを直しても遅くはない」と励まし、四つの譬えで王の油断を説いた話です。「亡羊補牢」の出典です。
  • とんぼ、雀、鵠、蔡の君主、そして王、と譬えを一段ずつ大きくして、最後に王自身に当てる構成です。
  • 「亡羊補牢」は原文では、失敗の後でも手遅れではない、という前向きな言葉です。

INTERPRETATION

AI時代の経営への読み替え

失敗の原因分析は、AIで速く細かくできるようになりました。しかし分析の前に「手遅れではない」と言うのは、経営者の仕事です。先に分析を見せられた現場は、責められていると感じて動かなくなります。

四つの譬えの共通点は「自分は安全だ、誰とも争っていない」という思い込みです。とんぼも雀も鵠も、襲われる瞬間まで狙われていることを知りません。好調なときほど、誰が自分を狙っているか(競合、制度の変化、取引条件の改定)を見ておく必要があります。これはAIに「自社を狙っている者は誰か」と問うより、経営者が自分で問うべきことです。

LODGING & TOURISM

宿泊・観光の現場例

食中毒を出した施設が、保健所の指導の後に衛生管理を一から作り直し、数年後には地域で最も厳しい管理の施設として知られるようになった、という例があります。囲いを直したのです。

一方で、稼働率が高く評判もよい施設ほど、予約サイトの規約変更や、近隣の大型開業、交通の変化に気づくのが遅れます。甘露を飲んで満足しているとんぼの状態です。

現場例は、支援内容を考えるための提案例であり、実在する顧客施設の運用実績ではありません。

TRY TOMORROW

明日から試せる問い・行動

囲いを直す

  1. 最近の失敗で、まだ直していない囲いは何か。「遅い」と思って放置しているものを書き出す。
  2. 「自分は大丈夫」と思っている理由は何か。その理由が崩れる条件を考える。
  3. 誰が自分を狙っているか。競合、制度の変化、取引先の方針転換。一つずつ名前を挙げる。

羊は戻りませんが、次の羊は守れます。

SOURCE & NOTES

出典・版・注記

  • 原文:維基文庫「戰國策 (士禮居叢書本)/楚/四」固定版 2458639(ページ、固定版、履歴)。原著(劉向 編『戰國策』)はパブリックドメイン。電子テキストの編集上の寄与は CC BY-SA 4.0(https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/)。
  • 原文への変更:本文を抽出し、姚本・鮑本・札記等の注釈と注釈行を除去。策ごとの見出しをsection_titleに分離し、校記をnotesへ分離。
  • 読み下し文:本データで原文から新たに作成したもので、既存の訳注書の転載ではない。状態:draft_unreviewed(未校閲)。CC BY-SA 4.0。

読み下し・現代語訳・本文解説・経営解釈:宿泊DXラボ。読み下し・現代語訳・解説は原文から新たに作成した下書きで、校閲前のものです。古典の訓読と解釈には異なる見方があります。

編集:宿泊DXラボ。