MANAGEMENT ISSUE
今回の経営課題
目先の回収と、長い信頼。災害時のキャンセル料をどうするか、地元客への割引をどこまでするか。短期の損失と引き換えに「義」を買う判断は、数字だけでは決められません。
もう一つ、一つの販路や一つの関係に依存する危うさです。孟嘗君は斉王の信頼という一つの穴しか持っていませんでした。馮諼は、民心、他国からの評価、制度上の盾という三つの穴を掘りました。
漢文原文
『戰國策』齊四「齊人有馮諼者」の原文
齊人有馮諼者,貧乏不能自存,使人屬孟嘗君,願寄食門下。孟嘗君曰:「客何好?」曰:「客無好也。」曰:「客何能?」曰:「客無能也。」孟嘗君笑而受之曰:「諾。」左右以君賤之也,食以草具。居有頃,倚柱彈其劍,歌曰:「長鋏歸來乎!食無魚。」左右以告。孟嘗君曰:「食之,比門下之客。」居有頃,復彈其鋏,歌曰:「長鋏歸來乎!出無車。」左右皆笑之,以告。孟嘗君曰:「為之駕,比門下之車客。」於是乘其車,揭其劍,過其友曰:「孟嘗君客我。」後有頃,復彈其劍鋏,歌曰:「長鋏歸來乎!無以為家。」左右皆惡之,以為貪而不知足。孟嘗君問:「馮公有親乎?」對曰:「有老母。」孟嘗君使人給其食用,無使乏。於是馮諼不復歌。後孟嘗君出記,問門下諸客:「誰習計會,能為文收責於薛者乎?」馮諼署曰:「能。」孟嘗君怪之,曰:「此誰也?」左右曰:「乃歌夫長鋏歸來者也。」孟嘗君笑曰:「客果有能也,吾負之,未嘗見也。」請而見之,謝曰:「文倦於事,憒於憂,而性懧愚,沉於國家之事,開罪於先生。先生不羞,乃有意欲為收責於薛乎?」馮諼曰:「願之。」於是約車治裝,載券契而行,辭曰:「責畢收,以何市而反?」孟嘗君曰:「視吾家所寡有者。」驅而之薛,使吏召諸民當償者,悉來合券。券遍合,起矯命以責賜諸民,因燒其券,民稱萬歲。長驅到齊,晨而求見。孟嘗君怪其疾也,衣冠而見之,曰:「責畢收乎?來何疾也!」曰:「收畢矣。」「以何市而反?」馮諼曰:「君云『視吾家所寡有者』。臣竊計,君宮中積珍寶,狗馬實外廄,美人充下陳。君家所寡有者以義耳!竊以為君市義。」孟嘗君曰:「市義柰何?」曰:「今君有區區之薛,不拊愛子其民,因而賈利之。臣竊矯君命,以責賜諸民,因燒其券,民稱萬歲。乃臣所以為君巿義也。」孟嘗君不說,曰:「諾,先生休矣!」後期年,齊王謂孟嘗君曰:「寡人不敢以先王之臣為臣。」孟嘗君就國於薛,未至百里,民扶老攜幼,迎君道中。孟嘗君顧謂馮諼:「先生所為文市義者,乃今日見之。」馮諼曰︰「狡兔有三窟,僅得免其死耳。今君有一窟,未得高枕而臥也。請為君復鑿二窟。」孟嘗君予車五十乘,金五百斤,西遊於梁,謂惠王曰:「齊放其大臣孟嘗君於諸侯,諸侯先迎之者,富而兵強。」於是,梁王虛上位,以故相為上將軍,遣使者,黃金千斤,車百乘,往聘孟嘗君。馮諼先驅誡孟嘗君曰:「千金,重幣也;百乘,顯使也。齊其聞之矣。」梁使三反,孟嘗君固辭不往也。齊王聞之,君臣恐懼,遣太傅賫黃金千斤,文車二駟,服劍一,封書謝孟嘗君曰:「寡人不祥,被於宗廟之祟,沉於諂諛之臣,開罪於君,寡人不足為也。願君顧先王之宗廟,姑反國統萬人乎?」馮諼誡孟嘗君曰:「願請先王之祭器,立宗廟於薛。」廟成,還報孟嘗君曰:「三窟已就,君姑高枕為樂矣。」孟嘗君為相數十年,無纖介之禍者,馮諼之計也。出典:『戰國策』齊四「齊人有馮諼者」/維基文庫固定版 2458699 原文と版情報を確認 ↗
読み下し文
馮諼と狡兎三窟の読み下し
第1段
齊人に馮諼なる者有り。貧乏にして自ら存すること能はず、人をして孟嘗君に屬せしめ、食を門下に寄せんことを願ふ。孟嘗君曰はく、「客は何をか好む」と。曰はく、「客は好む無きなり」と。曰はく、「客は何をか能くす」と。曰はく、「客は能くする無きなり」と。孟嘗君笑ひて之を受けて曰はく、「諾」と。左右君の之を賤しむを以て、食はしむるに草具を以てす。
第2段
居ること頃有りて、柱に倚りて其の劍を彈き、歌ひて曰はく、「長鋏歸來らんか、食に魚無し」と。左右以て告ぐ。孟嘗君曰はく、「之に食はしめ、門下の客に比せよ」と。居ること頃有りて、復た其の鋏を彈き、歌ひて曰はく、「長鋏歸來らんか、出づるに車無し」と。左右皆之を笑ひ、以て告ぐ。孟嘗君曰はく、「之が為に駕し、門下の車客に比せよ」と。是に於いて其の車に乘り、其の劍を揭げ、其の友を過ぎりて曰はく、「孟嘗君我を客とす」と。後頃有りて、復た其の劍鋏を彈き、歌ひて曰はく、「長鋏歸來らんか、以て家を為す無し」と。左右皆之を惡み、以て貪りて足るを知らずと為す。孟嘗君問ふ、「馮公に親有りや」と。對へて曰はく、「老母有り」と。孟嘗君人をして其の食用を給し、乏しからしむること無からしむ。是に於いて馮諼復た歌はず。
第3段
後孟嘗君記を出だし、門下の諸客に問ふ、「誰か計會に習ひ、能く文の為に責を薛に收むる者ぞ」と。馮諼署して曰はく、「能くす」と。孟嘗君之を怪しみて、曰はく、「此れ誰ぞや」と。左右曰はく、「乃ち夫の長鋏歸來らんかと歌ひし者なり」と。孟嘗君笑ひて曰はく、「客果たして能有るなり。吾之に負けり、未だ嘗て見ざるなり」と。請ひて之を見、謝して曰はく、「文事に倦み、憂ひに憒れ、而して性懧愚にして、國家の事に沉み、罪を先生に開けり。先生羞ぢず、乃ち意有りて責を薛に收めんと欲するか」と。馮諼曰はく、「之を願ふ」と。是に於いて車を約し裝を治め、券契を載せて行き、辭して曰はく、「責畢く收めば、何を以て市ひて反らん」と。孟嘗君曰はく、「吾が家の寡く有る所の者を視よ」と。
第4段
驅りて薛に之き、吏をして諸民の償ふに當たる者を召さしめ、悉く來たりて券を合はせしむ。券遍く合はせ、起ちて命を矯めて責を以て諸民に賜ひ、因りて其の券を燒く。民萬歲と稱す。
第5段
長驅して齊に到り、晨にして見えんことを求む。孟嘗君其の疾きを怪しみ、衣冠して之を見て、曰はく、「責畢く收めしか。來たること何ぞ疾きや」と。曰はく、「收め畢れり」と。「何を以て市ひて反りしか」と。馮諼曰はく、「君云ふ『吾が家の寡く有る所の者を視よ』と。臣竊かに計るに、君の宮中には珍寶を積み、狗馬は外廄に實ち、美人は下陳に充つ。君の家の寡く有る所の者は義を以てするのみ。竊かに以て君の為に義を市へり」と。孟嘗君曰はく、「義を市ふとは柰何」と。曰はく、「今君區區の薛有り、其の民を拊愛し子とせずして、因りて之を賈利す。臣竊かに君の命を矯め、責を以て諸民に賜ひ、因りて其の券を燒く。民萬歲と稱す。乃ち臣の君の為に義を巿ふ所以なり」と。孟嘗君說ばずして、曰はく、「諾、先生休めよ」と。
第6段
後期年、齊王孟嘗君に謂ひて曰はく、「寡人敢へて先王の臣を以て臣と為さず」と。孟嘗君國に薛に就く。未だ百里に至らざるに、民老を扶け幼を攜へ、君を道中に迎ふ。孟嘗君顧みて馮諼に謂ふ、「先生の文の為に義を市ひし者、乃ち今日之を見る」と。馮諼曰はく、「狡兔に三窟有りて、僅かに其の死を免るるを得るのみ。今君に一窟有るも、未だ枕を高くして臥すを得ざるなり。請ふ君の為に復た二窟を鑿たん」と。孟嘗君車五十乘、金五百斤を予へ、西のかた梁に遊び、惠王に謂ひて曰はく、「齊其の大臣孟嘗君を諸侯に放つ。諸侯の先づ之を迎ふる者は、富みて兵強からん」と。是に於いて、梁王上位を虛しくし、故相を以て上將軍と為し、使者を遣はし、黃金千斤、車百乘もて、往きて孟嘗君を聘す。馮諼先驅して孟嘗君を誡めて曰はく、「千金は、重幣なり。百乘は、顯使なり。齊其れ之を聞かん」と。梁使三たび反るも、孟嘗君固く辭して往かざるなり。齊王之を聞き、君臣恐懼し、太傅を遣はして黃金千斤、文車二駟、服劍一を賫し、書を封じて孟嘗君に謝して曰はく、「寡人不祥にして、宗廟の祟りを被り、諂諛の臣に沉み、罪を君に開く。寡人為すに足らざるなり。願はくは君先王の宗廟を顧み、姑く國に反りて萬人を統べんか」と。馮諼孟嘗君を誡めて曰はく、「願はくは先王の祭器を請ひ、宗廟を薛に立てよ」と。廟成り、還りて孟嘗君に報じて曰はく、「三窟已に就れり。君姑く枕を高くして樂しみを為せ」と。
第7段
孟嘗君相たること數十年、纖介の禍無き者は、馮諼の計なり。
第1段の注
- 読み馮諼と「狡兔三窟」の故事。
第6段の注
- 読みいわゆる「狡兔三窟」「高枕」の故事。
読み下しは、掲載した原文から新たに作成した下書きで、校閲前のものです。漢字は原文の字体を保ち、送り仮名は歴史的仮名遣いです。訓読には異なる読み方があります。
現代語訳
馮諼と狡兎三窟を現代の言葉で読む
斉の人に馮諼という者がいた。貧しくて自分では暮らしていけず、人を介して孟嘗君に頼み、食客として門下に置いてほしいと願った。孟嘗君は言った。「客は何が好きか。」「客は好むものがありません。」「客は何ができるか。」「客はできることがありません。」孟嘗君は笑って受け入れ、「よし」と言った。側近は、君がこの客を軽んじていると思い、粗末な食事を与えた。(第1段)
しばらくして、馮諼は柱にもたれて剣を弾き、歌った。「長い剣よ帰ろうか。食事に魚がない。」側近が報告した。孟嘗君は言った。「食事を門下の客と同じにせよ。」しばらくして、また剣を弾いて歌った。「長い剣よ帰ろうか。出かけるのに車がない。」側近はみな笑い、報告した。孟嘗君は言った。「車を用意して、門下の車のある客と同じにせよ。」そこで馮諼は車に乗り、剣を掲げて、友人を訪ねて言った。「孟嘗君は私を客として扱ってくれる。」その後しばらくして、また剣を弾いて歌った。「長い剣よ帰ろうか。家を養う手立てがない。」側近はみな嫌い、欲が深くて足るを知らないと思った。孟嘗君は尋ねた。「馮公には身寄りがあるか。」「老母がいます。」孟嘗君は人をやって食事と費用を与え、不足させないようにした。そこで馮諼はもう歌わなかった。(第2段)
その後、孟嘗君は布告を出し、門下の客に問うた。「誰か会計に習熟していて、私のために薛で貸金を回収できる者はいないか。」馮諼が「できます」と署名した。孟嘗君は不審に思い、「これは誰か」と言った。側近は言った。「あの『長い剣よ帰ろうか』と歌った者です。」孟嘗君は笑って言った。「客にはやはり能があったのだ。私は彼を見損なって、会ったこともなかった。」招いて会い、謝って言った。「私は仕事に疲れ、心配事に気を取られ、生来おろかで、国の事に沈んで、先生に失礼をしました。先生はそれを気にせず、薛で貸金を取り立ててくださるお考えがあるのですか。」馮諼は言った。「お望みです。」そこで車を整え荷をまとめ、証文を積んで出発した。別れに言った。「貸金を全部回収したら、何を買って帰りましょうか。」孟嘗君は言った。「わが家に足りないものを見て買ってくれ。」(第3段)
車を駆って薛に行き、役人に、返済すべき民をすべて呼び出させ、証文を照合させた。照合が済むと、立ち上がって命令をいつわり、貸金をそのまま民に与え、証文を焼いた。民は万歳と叫んだ。(第4段)
ひた走りに斉の都へ戻り、朝早く面会を求めた。孟嘗君はその早さを不思議に思い、衣冠を整えて会い、言った。「貸金は全部回収したか。帰るのが早いな。」「回収し終えました。」「何を買って帰ったか。」馮諼は言った。「君は『わが家に足りないものを見て買え』と言われました。私が考えますに、君の宮中には宝が積まれ、犬馬は外の厩にあふれ、美女は奥に満ちています。君の家に足りないものは義だけです。そこで君のために義を買ってきました。」孟嘗君は言った。「義を買うとは、どういうことか。」「いま君は小さな薛を持ちながら、民を子のようにいつくしまず、商人のように利を取っておられる。私は君の命令をいつわって貸金を民に与え、証文を焼きました。民は万歳と叫びました。これが私が君のために義を買ったということです。」孟嘗君は不快で、「わかった。先生は休みなさい」と言った。(第5段)
一年後、斉王は孟嘗君に言った。「私は先王の臣を臣とするわけにはいかない。」孟嘗君は薛の領地に赴いた。百里に達しないうちに、民は老人を支え幼児を連れて、道中で君を迎えた。孟嘗君は馮諼を振り返って言った。「先生が私のために義を買ったというのは、今日になって見えた。」馮諼は言った。「狡い兎は三つの穴を持っていて、やっと死を免れます。いま君には一つの穴しかなく、まだ枕を高くして眠れません。君のために、もう二つ穴を掘らせてください。」孟嘗君は車五十乗と金五百斤を与えた。馮諼は西の魏へ行き、恵王に言った。「斉はその大臣孟嘗君を諸侯のもとへ放ちました。諸侯のうち先に迎えた者は、国が富み兵が強くなります。」そこで魏王は宰相の位を空け、もとの宰相を上将軍にし、使者を遣わし、黄金千斤と車百乗で孟嘗君を招いた。馮諼は先に帰って孟嘗君に言った。「千金は重い贈り物、百乗は目立つ使者です。斉はこれを聞くでしょう。」魏の使者は三度往復したが、孟嘗君はかたく辞して行かなかった。斉王はこれを聞き、君臣ともに恐れ、太傅に黄金千斤、飾り車二台、佩剣一本を持たせ、書を封じて孟嘗君に謝した。「私は不徳で、宗廟の祟りを受け、へつらう臣に惑わされ、君に無礼をした。私は君の相手に足りない。どうか先王の宗廟を顧みて、しばらく国に戻って万民を統べてくれないか。」馮諼は孟嘗君に忠告した。「先王の祭器を請い、薛に宗廟を建ててください。」廟ができると、馮諼は戻って孟嘗君に報告した。「三つの穴ができました。君はしばらく枕を高くして楽しまれますように。」(第6段)
孟嘗君が数十年にわたって宰相を務め、わずかな禍もなかったのは、馮諼の計略である。(第7段)
掲載した読み下し文の流れを追えるよう、平易な現代語に訳しています。現代の組織へそのまま適用するのではなく、本文の考え方を理解するための訳です。
WORDS & CONTEXT
語句と背景
孟嘗君(もうしょうくん)
田文。斉の宰相で、数千人の食客を抱えたことで知られます。薛は父の靖郭君から継いだ封地です。
馮諼(ふうけん)
孟嘗君の食客。『史記』孟嘗君列伝では「馮驩」と書かれます(維基文庫『史記』巻七十五、固定版 1965692)。
長鋏(ちょうきょう)
長い剣。「長鋏歸來乎」は、剣に向かって「帰ろうか」と歌いかける形です。
券契(けんけい)
貸借の証文。二つに割って貸し手と借り手が持ち、照合(合券)して確かめました。
梁惠王
魏の恵王。孟嘗君の時代の魏王ではなく年代が合わないとされ、話の中の設定として読んでください。
先王の祭器・宗廟
歴代の斉王を祭る器と廟。これが薛にあれば、斉王は薛を軽々しく扱えません。
背景
孟嘗君は食客を厚遇したことで知られますが、この話はその厚遇が「何に使えるか分からない人を抱えておく」ことだったと示しています。馮諼は三度歌うまで何もせず、一年以上たってやっと働き始めます。しかもその働きは、主人の命令をいつわって財産を手放す、という常識では叱られることでした。孟嘗君は不快になりましたが、罰しもしませんでした。
「狡兎三窟」は、今では逃げ道を複数用意しておくこと、用心深さの意味で使われます。原話で三つの穴はそれぞれ性質が違います。第一は民心、第二は他国からの評価を使った斉王への圧力、第三は斉王が手を出せない宗廟という制度上の盾です。一つは下から、一つは外から、一つは上から。馮諼が孟嘗君の安全を三方向から固めたことが、この成語の本来の中身です。
本文の解説
三つの穴はそれぞれ性質が違う。下から、外から、上から
貧しい馮諼(ふうけん)が孟嘗君(もうしょうくん)の食客になりますが、何ができるかと問われても「何もない」と答え、粗末な食事をあてがわれます(第1段)。馮諼は柱にもたれて剣を弾き、「長鋏よ帰ろうか、食事に魚がない」と歌います。待遇が上がると「車がない」、さらに「家を養えない」と歌い、周りに嫌われますが、孟嘗君はそのたびに応じます(第2段)。やがて孟嘗君が領地の薛で貸金を取り立てる者を募ると馮諼が名乗り出ます。「何を買って帰りましょう」「わが家に足りないものを」というやりとりをして出発します(第3段)。馮諼は薛で債務者を集め、孟嘗君の命令だと偽って債権を民に与え、証文を焼いてしまいます(第4段)。帰って「義を買ってきました」と報告すると、孟嘗君は不快になります(第5段)。一年後、孟嘗君は斉王に遠ざけられて薛へ行き、民が百里先から出迎えます。馮諼は「狡い兎は三つの穴を持つ。あと二つ掘りましょう」と言い、魏の王に孟嘗君を招かせて斉王を慌てさせ、さらに先王の祭器を薛に移して宗廟を建てさせます(第6段)。孟嘗君が数十年、禍にあわなかったのは馮諼の計略による、と結ばれます(第7段)。
「狡兎三窟」の故事です。
原文を読む
- 「客は好む無きなり」「客は能くする無きなり」(第1段)――馮諼は自分を売り込みません。何もできないと言い、それでも受け入れた孟嘗君の度量と、彼を軽んじた側近の目が、ここで分かれます。
- 「長鋏歸來らんか、食に魚無し」(第2段)――三度の歌は、待遇への不満を歌にして聞かせる、変わったやり方です。側近は嫌いますが、孟嘗君は三度とも応じ、老母の世話までします。この応じ方が、のちの馮諼の働きの土台になります。
- 「吾が家の寡く有る所の者を視よ」(第3段)――孟嘗君の何気ない指示を、馮諼は文字どおりに受け取ります。「足りないもの」を宝や美女ではなく「義」と判断する、話の転換点です。
- 「君の家の寡く有る所の者は義を以てするのみ。竊かに以て君の為に義を市へり」(第5段)――証文を焼いて民の借金を消すことを、「義を買う」と言い換えます。孟嘗君は不快になりますが、一年後にその意味を知ります。
- 「狡兔に三窟有りて、僅かに其の死を免るるを得るのみ」(第6段)――「狡兎三窟」の出典です。薛の民心が第一の穴、魏の招きで斉王を慌てさせるのが第二、先王の宗廟を薛に置いて斉王が薛を攻められないようにするのが第三の穴です。
- 「三窟已に就れり。君姑く枕を高くして樂しみを為せ」(第6段)――「高枕」の言い回しもここから広まりました。
要点
- 何もできないと言って食客になった馮諼が、孟嘗君の貸金を民に与えて「義を買い」、のちに三つの穴を掘って主人の身を守った話です。「狡兎三窟」「高枕」の出典です。
- 三つの穴は、薛の民心、魏の招きを使った斉王への圧力、薛の宗廟という制度上の盾で、それぞれ性質が違います。
- 主人の命令をいつわった馮諼を罰しなかった孟嘗君の度量が、この話を成り立たせています。
INTERPRETATION
AI時代の経営への読み替え
AIで収益の最適化はできます。どの客にどの価格で、どのキャンセル規定で。しかし「義を買う」判断、つまり短期の収益を手放して長期の信頼を得る判断は、経営者が引き受けるものです。馮諼は主人の命令をいつわってまで証文を焼きました。常識的な社員なら、やらないことです。
三つの穴は、現代の経営で言えば、顧客の信頼(下から)、外部からの評価(外から)、守ってくれる制度や関係(上から)です。一つが崩れても他が支える。AIで危機のシナリオを作るなら、この三方向で考えると漏れが減ります。
LODGING & TOURISM
宿泊・観光の現場例
台風で来られなくなった客のキャンセル料を免除した施設が、翌年以降その客の紹介で予約を得た、という話は多くあります。これが「義を買う」ことです。一方で、免除の基準がなければ現場は迷います。基準を決めるのが経営者の仕事です。
三つの穴で言えば、地元客の支持、受賞やメディア掲載などの外部評価、地域行事の会場提供のような行政・地域との関係。予約サイトという一つの穴だけで生きている施設は、規約の変更一つで枕を高くできなくなります。
現場例は、支援内容を考えるための提案例であり、実在する顧客施設の運用実績ではありません。
TRY TOMORROW
明日から試せる問い・行動
自社の三つの穴を、書き出す
- 顧客の信頼。「義を買った」と言える判断を、この一年でしたか。
- 外からの評価。受賞、掲載、同業からの紹介。何があるか。
- 守ってくれる制度・関係。地域、行政、金融機関。何があるか。
一つしか書けなければ、残りの二つを掘る順番を決めます。
SOURCE & NOTES
出典・版・注記
- 原文:維基文庫「戰國策 (士禮居叢書本)/齊/四」固定版 2458699(ページ、固定版、履歴)。原著(劉向 編『戰國策』)はパブリックドメイン。電子テキストの編集上の寄与は CC BY-SA 4.0(https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/)。
- 原文への変更:本文を抽出し、姚本・鮑本・札記等の注釈と注釈行を除去。策ごとの見出しをsection_titleに分離し、校記をnotesへ分離。
- 読み下し文:本データで原文から新たに作成したもので、既存の訳注書の転載ではない。状態:draft_unreviewed(未校閲)。CC BY-SA 4.0。
読み下し・現代語訳・本文解説・経営解釈:宿泊DXラボ。読み下し・現代語訳・解説は原文から新たに作成した下書きで、校閲前のものです。古典の訓読と解釈には異なる見方があります。
編集:宿泊DXラボ。