MANAGEMENT ISSUE
今回の経営課題
料理人が採れない。語学のできるフロントがいない。求人媒体に出しても応募が来ない。「この業界に人がいない」と嘆く前に、淳于髡の答えを思い出してみます。士が少ないのではなく、探す場所が違うのだ、と。
薬草を沼地で探せば、何代かかっても見つからない。しかしその薬草が生える山の北側へ行けば、車いっぱいに積める。物にはそれぞれ仲間がいて、仲間は同じ場所に集まる、という理屈です。
漢文原文
『戰國策』齊三「淳于髡一日而見七人於宣王」の原文
淳于髡一日而見七人於宣王。王曰:「子來,寡人聞之,千里而一士,是比肩而立;百世而一聖,若隨踵而至也。今子一朝而見七士,則士不亦眾乎?」淳于髡曰:「不然。夫鳥同翼者而聚居,獸同足者而俱行。今求柴葫、桔梗於沮澤,則累世不得一焉。及之睪黍、梁父之陰,則郄車而載耳。夫物各有疇,今髡賢者之疇也。王求士於髡,譬若挹水於河,而取火於燧也。髡將復見之,豈特七士也。」出典:『戰國策』齊三「淳于髡一日而見七人於宣王」/維基文庫固定版 2458691 原文と版情報を確認 ↗
読み下し文
淳于髡、一日に七人を薦むの読み下し
淳于髡一日にして七人を宣王に見えしむ。王曰はく、「子來たれ。寡人之を聞く、千里にして一士は、是れ肩を比べて立つなり、百世にして一聖は、踵に隨ひて至るが若し、と。今子一朝にして七士を見えしむ、則ち士も亦眾からずや」と。淳于髡曰はく、「然らず。夫れ鳥の翼を同じうする者は聚居し、獸の足を同じうする者は俱に行く。今柴葫・桔梗を沮澤に求むれば、則ち累世にして一も得ず。之を睪黍・梁父の陰に及べば、則ち車を郄けて載するのみ。夫れ物各々疇有り。今髡は賢者の疇なり。王士を髡に求むるは、譬へば水を河に挹み、火を燧に取るが若し。髡將に復た之を見えしめんとす。豈に特だ七士のみならんや」と。
- 読み「物各々疇有り」(類は友を呼ぶ)の故事。
読み下しは、掲載した原文から新たに作成した下書きで、校閲前のものです。漢字は原文の字体を保ち、送り仮名は歴史的仮名遣いです。訓読には異なる読み方があります。
現代語訳
淳于髡、一日に七人を薦むを現代の言葉で読む
淳于髡は一日に七人を宣王に推薦した。王は言った。「来なさい。私はこう聞いている。千里に一人の士がいれば、それは肩を並べて立つようなもの。百代に一人の聖人がいれば、踵を接して来るようなものだ、と。いまあなたは一朝に七人の士を推薦した。士とは、そんなに多いものか。」淳于髡は言った。「そうではありません。鳥は同じ翼のものが群れて住み、獣は同じ足のものが一緒に歩きます。いま柴葫や桔梗を沼地に求めれば、何代かかっても一本も得られません。しかし睪黍や梁父の山の北側へ行けば、車いっぱいに積んで運べます。物にはそれぞれ仲間があります。いま私は賢者の仲間です。王が私に士を求めるのは、たとえば河で水を汲み、火打ち石で火を取るようなものです。私はまだ推薦します。七人だけのはずがありません。」
掲載した読み下し文の流れを追えるよう、平易な現代語に訳しています。現代の組織へそのまま適用するのではなく、本文の考え方を理解するための訳です。
WORDS & CONTEXT
語句と背景
淳于髡(じゅんうこん)
斉の弁士。身分は低かったが博識で、宣王の客として重んじられました。『史記』滑稽列伝にも伝があります(維基文庫『史記』巻百二十六、固定版 2609358)。
齊宣王
斉の宣王。威王の子で、学者を集めたことで知られます。
柴葫(さいこ)・桔梗(ききょう)
薬草の名。
沮澤(しょたく)
低い湿地。
睪黍(たくしょ)・梁父(りょうほ)
山の名。泰山の近くとされます。「陰」は山の北側です。
疇(ちゅう)
仲間、同類。「物各々疇有り」は「類は友を呼ぶ」に当たる言い方です。
背景
話の表面は人材論ですが、芯にあるのは「探し方」の話です。王は士が少ないと言い、淳于髡は少ないのではなく探す場所が違うのだと言います。沼地で山の薬草を探せば見つからないのは当然で、士も、士が集まる場所に行けば車に積むほどいる。そして「私がその場所だ」と言うのです。自己宣伝の見事さが、この話を面白くしています。
斉の宣王は稷下(しょくか)に学者を集めたことで知られ、淳于髡はその代表的な人物の一人です。七人を一日に推薦しても王がそれを受け入れたのは、宣王の時代の斉が人材を集めることに熱心だったからでもあります。
本文の解説
同類は同じ場所に集まる。だから探す場所が決まる
淳于髡(じゅんうこん)が一日に七人の士を斉の宣王に推薦します。王は「千里に一人の士がいれば肩を並べるほど多く、百年に一人の聖人がいれば続いて来るほど多い、と聞いている。一度に七人とは多すぎないか」と言います。淳于髡は答えます。同じ翼の鳥は群れて住み、同じ足の獣は一緒に行く。薬草を沼地で探せば何代かかっても一本も見つからないが、それが生える山の北側へ行けば車いっぱいに積める。物にはそれぞれ仲間がある。私は賢者の仲間だから、私に士を求めるのは河で水を汲み、火打ち石で火を取るようなものだ。まだ何人でも推薦できる、と(第28段)。
原文を読む
- 「千里にして一士は、是れ肩を比べて立つなり、百世にして一聖は、踵に隨ひて至るが若し」(第28段)――王の言い分です。士はきわめて稀なものだ、という常識を、誇張した言い方で述べています。
- 「夫れ鳥の翼を同じうする者は聚居し、獸の足を同じうする者は俱に行く」(第28段)――淳于髡の反論の出発点です。稀なものも、集まる場所には集まっている、と。
- 「今柴葫・桔梗を沮澤に求むれば、則ち累世にして一も得ず」(第28段)――探す場所が間違っていれば何代かかっても見つからない。士がいないのではなく、探し方が悪いのだ、という理屈です。
- 「夫れ物各々疇有り。今髡は賢者の疇なり」(第28段)――自分を「賢者の仲間」と言い切るところに、淳于髡の弁士らしい自信が出ています。
- 「譬へば水を河に挹み、火を燧に取るが若し」(第28段)――しかるべき源から取れば尽きない。推薦はまだ続く、という結びです。
要点
- 一日に七人を推薦した淳于髡が、「士は少ない」と言う宣王に、少ないのではなく探す場所が違うのだと答えた話です。
- 「物各々疇有り」、同類は同じ場所に集まる、という理屈で、自分を「賢者の仲間」と位置づけます。
- 人材を集めることに熱心だった宣王の時代の斉を背景に読むと、話の調子がよく分かります。
INTERPRETATION
AI時代の経営への読み替え
求人票はAIで整った文章にできます。しかし求人媒体に出して待つのは、沼地で薬草を待つことに近い。その職種の人がどこに集まっているかを考えるのが先です。調理の学校、地域の観光系のコミュニティ、同業の勉強会、既存スタッフの知人。「物各々疇有り」は、採用では「その職種の人の集まる場所」を指します。
淳于髡は「私は賢者の仲間だ」と言って、自分を探し場所にしました。経営者にとって、自社にいる人材がその「疇」の入口です。既存のスタッフに「あなたの仲間を紹介してほしい」と頼むのは、山の北側へ行くことに当たります。
LODGING & TOURISM
宿泊・観光の現場例
料理人が採れない施設が、地元の調理師学校と関係を作り、インターンの受け入れから始めて数年で若手を確保した、という例があったとします。求人媒体に出し続けた数年より、学校との関係の数年のほうが実りました。
多言語対応のスタッフが欲しい施設が、留学生のコミュニティや地域の国際交流の場に顔を出すのも同じです。自社にいる外国籍のスタッフに「あなたの仲間」を聞くのが、最も近道になることもあります。
現場例は、支援内容を考えるための提案例であり、実在する顧客施設の運用実績ではありません。
TRY TOMORROW
明日から試せる問い・行動
採れない職種を一つ選んで、探し場所を変える
- 今の探し場所はどこか。媒体の名前を書き出す。
- その職種の人が集まる場所はどこか。学校、コミュニティ、勉強会。
- 自社にいる「疇」の人は誰か。その人に紹介を頼む。
七人を一日に推薦できる人が、社内にいるかもしれません。
SOURCE & NOTES
出典・版・注記
- 原文:維基文庫「戰國策 (士禮居叢書本)/齊/三」固定版 2458691(ページ、固定版、履歴)。原著(劉向 編『戰國策』)はパブリックドメイン。電子テキストの編集上の寄与は CC BY-SA 4.0(https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/)。
- 原文への変更:本文を抽出し、姚本・鮑本・札記等の注釈と注釈行を除去。策ごとの見出しをsection_titleに分離し、校記をnotesへ分離。
- 読み下し文:本データで原文から新たに作成したもので、既存の訳注書の転載ではない。状態:draft_unreviewed(未校閲)。CC BY-SA 4.0。
読み下し・現代語訳・本文解説・経営解釈:宿泊DXラボ。読み下し・現代語訳・解説は原文から新たに作成した下書きで、校閲前のものです。古典の訓読と解釈には異なる見方があります。
編集:宿泊DXラボ。