MANAGEMENT ISSUE
今回の経営課題
創業者が後継者を守りすぎて、肩書と権限は与えても、成果の責任は負わせない。周囲から見れば「位が高く功がない」状態です。觸讋が太后に言ったのは、まさにそれでした。長安君には高い位と広い土地と宝器を与えたが、国への功を立てさせていない。太后が亡くなればどうやって身を保つのか、と。
もう一つ、説得の方法の話でもあります。觸讋は一度も「人質に出せ」と言いませんでした。足の話、食事の話、自分の末子の話、太后の娘の話。太后に一つずつ「そうです」と言わせて、結論に着いています。
漢文原文
『戰國策』趙四「趙太后新用事」の原文
趙太后新用事,秦急攻之。趙氏求救於齊。齊曰:「必以長安君為質,兵乃出。」太后不肯,大臣強諫。太后明謂左右:「有復言令長安君為質者,老婦必唾其面。」左師觸讋願見太后。太后盛氣而揖之。入而徐趨,至而自謝,曰:「老臣病足,曾不能疾走,不得見久矣。竊自恕,而恐太后玉體之有所郄也,故願望見太后。」太后曰:「老婦恃輦而行。」曰:「日食飲得無衰乎?」曰:「恃鬻耳。」曰:「老臣今者殊不欲食,乃自強步,日三四里,少益耆食,和於身也。」太后曰:「老婦不能。」太后之色少解。左師公曰:「老臣賤息舒祺,最少,不肖。而臣衰,竊愛憐之。願令得補黑衣之數,以衛王官,沒死以聞。」太后曰:「敬諾。年幾何矣?」對曰:「十五歲矣。雖少,願及未填溝壑而託之。」太后曰:「丈夫亦愛憐其少子乎?」對曰:「甚於婦人。」太后笑曰:「婦人異甚。」對曰:「老臣竊以為媼之愛燕后賢於長安君。」曰:「君過矣,不若長安君之甚。」左師公曰:「父母之愛子,則為之計深遠。媼之送燕后也,持其踵為之泣,念悲其遠也,亦哀之矣。已行,非弗思也,祭祀必祝之,祝曰:『必勿使反。』豈非計久長,有子孫相繼為王也哉?」太后曰:「然。」左師公曰:「今三世以前,至於趙之為趙,趙主之子孫侯者,其繼有在者乎?」曰:「無有。」曰:「微獨趙,諸侯有在者乎?」曰:「老婦不聞也。」「此其近者禍及身,遠者及其子孫。豈人主之子孫則必不善哉?位尊而無功,奉厚而無勞,而挾重器多也。今媼尊長安君之位,而封之以膏腴之地,多予之重器,而不及今令有功於國。一旦山陵崩,長安君何以自託於趙?老臣以媼為長安君計短也,故以為其愛不若燕后。」太后曰:「諾。恣君之所使之。」於是為長安君約車百乘質於齊,齊兵乃出。子義聞之曰:「人主之子也,骨肉之親也,猶不能恃無功之尊,無勞之奉,而守金玉之重也,而況人臣乎?」出典:『戰國策』趙四「趙太后新用事」/維基文庫固定版 2458667 原文と版情報を確認 ↗
読み下し文
觸讋、趙太后に説くの読み下し
第28段
趙の太后新たに事を用ふ。秦急に之を攻む。趙氏救ひを齊に求む。齊曰はく、「必ず長安君を以て質と為さば、兵乃ち出でん」と。太后肯んぜず、大臣強ひて諫む。太后明らかに左右に謂ふ、「復た長安君をして質と為さしめんと言ふ者有らば、老婦必ず其の面に唾せん」と。
第29段
左師觸讋太后に見えんことを願ふ。太后盛氣して之を揖す。入りて徐ろに趨り、至りて自ら謝して、曰はく、「老臣足を病み、曾ち疾く走ること能はず、見ゆるを得ざること久し。竊かに自ら恕すも、太后の玉體の郄する所有らんことを恐る、故に太后に望見せんことを願ふ」と。太后曰はく、「老婦は輦を恃みて行く」と。曰はく、「日に食飲衰ふること無きを得るか」と。曰はく、「鬻を恃むのみ」と。曰はく、「老臣今者殊に食を欲せず、乃ち自ら強ひて步み、日に三四里、少しく耆食を益し、身に和す」と。太后曰はく、「老婦は能はず」と。太后の色少しく解く。
第30段
左師公曰はく、「老臣の賤息舒祺、最も少くして、不肖なり。而して臣衰へて、竊かに之を愛憐す。願はくは黑衣の數を補ふを得て、以て王官を衛らしめん。死を沒して以て聞す」と。太后曰はく、「敬みて諾す。年幾何ぞ」と。對へて曰はく、「十五歲なり。少しと雖も、願はくは未だ溝壑を填めざるに及びて之を託せん」と。太后曰はく、「丈夫も亦其の少子を愛憐するか」と。對へて曰はく、「婦人より甚だし」と。太后笑ひて曰はく、「婦人は異に甚だし」と。對へて曰はく、「老臣竊かに以て媼の燕后を愛するは長安君より賢れりとす」と。曰はく、「君過てり、長安君の甚だしきに若かず」と。左師公曰はく、「父母の子を愛するや、則ち之が為に計ること深遠なり。媼の燕后を送るや、其の踵を持して之が為に泣き、其の遠きを念ひ悲しみ、亦之を哀しめり。已に行くも、思はざるに非ざるなり。祭祀には必ず之を祝し、祝して曰はく、『必ず反らしむること勿かれ』と。豈に計ること久長にして、子孫有りて相繼ぎて王と為るに非ざらんや」と。太后曰はく、「然り」と。左師公曰はく、「今三世以前、趙の趙と為るに至るまで、趙主の子孫の侯たる者、其の繼ぎて在る者有りや」と。曰はく、「有ること無し」と。曰はく、「獨り趙のみに微ならず、諸侯に在る者有りや」と。曰はく、「老婦は聞かざるなり」と。「此れ其の近き者は禍身に及び、遠き者は其の子孫に及ぶ。豈に人主の子孫は則ち必ず善からざらんや。位尊くして功無く、奉厚くして勞無くして、重器を挾むこと多きなり。今媼長安君の位を尊くして、之を封ずるに膏腴の地を以てし、多く之に重器を予へて、今に及びて功を國に有らしめず。一旦山陵崩るれば、長安君何を以て自ら趙に託せん。老臣媼を以て長安君の為に計ること短しと為す、故に以て其の愛は燕后に若かずと為す」と。太后曰はく、「諾。君の之を使ふ所を恣にせよ」と。是に於いて長安君の為に車百乘を約して齊に質たらしめ、齊兵乃ち出づ。
第31段
子義之を聞きて曰はく、「人主の子なり、骨肉の親なるも、猶ほ功無きの尊、勞無きの奉を恃みて、金玉の重きを守ること能はず。而るを況んや人臣をや」と。
第28段の注
- 読みいわゆる「觸讋說趙太后」の故事。「父母之愛子,則為之計深遠」の句で知られる。
- 本文「觸讋」は『史記』趙世家に「觸龍」とあり、長沙馬王堆漢墓帛書『戰國縱橫家書』でも「觸龍言」に作ることから、「讋」は「龍言」の二字が誤って一字に合わさったものとされる。
読み下しは、掲載した原文から新たに作成した下書きで、校閲前のものです。漢字は原文の字体を保ち、送り仮名は歴史的仮名遣いです。訓読には異なる読み方があります。
現代語訳
觸讋、趙太后に説くを現代の言葉で読む
趙の太后が新たに政治を執った。秦が急に趙を攻めた。趙は斉に救いを求めた。斉は言った。「必ず長安君を人質にすれば、兵を出そう。」太后は承知せず、大臣は強く諫めた。太后は側近にはっきり言った。「また長安君を人質にせよと言う者がいたら、私は必ずその顔に唾を吐く。」(第28段)
左師の觸讋が太后に面会を願った。太后は気を張って彼を待った。入って来るとゆっくり小走りし、着くと自分から謝った。「老臣は足を病んで、速く走れません。長くお目にかかれませんでした。自分では許しておりましたが、太后のお体にお障りがあるかと心配で、お目にかかりたいと願ったのです。」太后は言った。「私は輦に頼って動いている。」「毎日の食事は衰えておられませんか。」「粥に頼っているだけです。」「老臣はこのごろ食が進まず、無理に歩いて、毎日三、四里、少し食が進むようになり、体が整いました。」太后は言った。「私にはできない。」太后の顔色が少しゆるんだ。(第29段)
左師公は言った。「老臣の子の舒祺は、最も年下で、出来がよくありません。しかし私は衰えて、ひそかにかわいがっています。黒衣の欠員に加えて王宮を守らせていただきたい。死を覚悟してお願いします。」太后は言った。「承知しました。年はいくつか。」「十五です。幼いですが、私が死んで溝に埋められる前に、お預けしたいのです。」太后は言った。「男もまた末子をかわいがるのですか。」「婦人よりひどいものです。」太后は笑って言った。「婦人のほうが格別です。」「老臣はひそかに、太后が燕后を愛しておられるのは長安君より深いと思っています。」太后は言った。「あなたは間違っている。長安君ほどではない。」左師公は言った。「父母が子を愛するなら、その子のために深く遠く考えます。太后が燕后を送られたとき、その踵を持って泣き、遠くへ行くことを悲しまれました。行ってしまってからも、思わない日はないでしょう。祭祀には必ず祈って、『どうか帰ってくることのないように』と言われます。これは、長く先まで考えて、子孫が代々王になることを願ってのことではありませんか。」太后は言った。「そうです。」左師公は言った。「いま三代前から、趙が趙になってから、趙の君主の子孫で侯になった者のうち、その位が続いている者はいますか。」「いない。」「趙だけでなく、諸侯にはいますか。」「私は聞いたことがない。」「それは、近い者はその身に禍が及び、遠い者はその子孫に及ぶからです。君主の子孫がみな悪いわけがありましょうか。位が高いのに功がなく、俸禄が厚いのに働きがなく、宝器を多く抱えているからです。いま太后は長安君の位を高くし、肥えた土地を与え、宝器を多く与え、いまのうちに国への功を立てさせていません。ある日太后が亡くなられたら、長安君はどうして自分で趙に身を託せましょうか。老臣は太后の長安君のための計が短いと思います。だから燕后への愛に及ばないと申したのです。」太后は言った。「分かりました。あなたの思うとおりにしてください。」そこで長安君のために車百乗をそろえて斉に人質に出し、斉の兵が出た。(第30段)
子義はこれを聞いて言った。「君主の子で、骨肉の親でさえ、功のない尊位、働きのない俸禄に頼って、金玉の重器を守ることはできない。人臣はなおさらである。」(第31段)
掲載した読み下し文の流れを追えるよう、平易な現代語に訳しています。現代の組織へそのまま適用するのではなく、本文の考え方を理解するための訳です。
WORDS & CONTEXT
語句と背景
趙太后
趙の恵文王の后、威后。幼い孝成王を補佐して政治を執りました。斉の使者に「民が本」と説いた話(本データ 趙威后、斉の使者に問う)と同じ人物です。
長安君
太后の末子。
左師(さし)
趙の官名。
觸讋(しょくしょう)
趙の老臣。『史記』趙世家には「觸龍」とあり、馬王堆漢墓の帛書『戦国縦横家書』にも「觸龍言」とあることから、「讋」は「龍言」の二字が誤って一字になったものとみられています。本データの原文注にもその旨を記しています。
黑衣
王宮を守る近衛の兵の服。
燕后
太后の娘で、燕に嫁いだ人。
山陵崩る
君主や太后の死をいう婉曲な言い方です。
子義
趙の人。この話の結びの評を述べています。
背景
諫言の技術の見本として、古くから読まれてきた話です。觸讋は正面から「人質に出せ」と言いません。足の病と食事の話で太后の怒りをほどき、自分の末子の世話を頼んで「子を愛する」話題を太后に言わせ、娘への愛を例にして「愛するとは将来を考えることだ」と認めさせ、最後に長安君の現状を「将来を考えていない」と示す。太后は一つ一つに「そうです」と答えているうちに、結論に着いています。
もう一つの読みどころは、觸讋の論拠が「功のない尊位は続かない」という、かなり冷たい事実にあることです。愛情に訴えているように見えますが、芯は「功を立てさせないと子孫は保てない」という政治の原則です。結びの子義の評は、これを人臣一般に広げています。『韓非子』が繰り返し説く「功によって禄を与える」原則と、同じことを言っています。
本文の解説
一度も「人質に出せ」と言わずに、結論に導く
趙の太后が新たに政治を執るようになったとき、秦が趙を攻めます。趙は斉に救いを求めますが、斉は太后の末子の長安君を人質に出せと言います。太后は承知せず、「長安君を人質にと言う者がいたら、顔に唾を吐く」と宣言します(第28段)。老臣の左師觸讋(しょくしょう)が面会を求めます。太后は怒って待ちますが、觸讋は足の病の話、食事の話をして、太后の顔色をゆるめます(第29段)。觸讋は末子の舒祺を近衛の黒衣に加えてほしいと頼み、太后が「男も末子をかわいがるのか」と笑うと、話は子を愛することに移ります。觸讋は「父母が子を愛するなら、その将来を深く考える」と言い、太后が燕に嫁がせた娘のために泣きながら「帰ってくるな」と祈っていることを挙げ、長安君には高い位と広い土地と宝器を与えながら国への功を立てさせていない、太后が亡くなればどうして身を保てるか、と説きます。太后は承知し、長安君を斉に人質として送り、斉の兵が出ました(第30段)。子義はこれを聞いて、「君主の子でも功なき尊位は守れない。人臣はなおさらだ」と言いました(第31段)。
「父母の子を愛するや、則ち之が為に計ること深遠なり」の出典です。
原文を読む
- 「老婦必ず其の面に唾せん」(第28段)――太后の宣言です。大臣が強く諫めても聞かず、顔に唾を吐くとまで言う。この壁を觸讋がどう越えるかが話の軸です。
- 「老臣足を病み、曾ち疾く走ること能はず」(第29段)――觸讋は長安君の話を一言もしません。自分の足の病、太后の食事と、老人同士の体の話から始めます。「太后の色少しく解く」と、顔色がゆるむところまでが第一段階です。
- 「丈夫も亦其の少子を愛憐するか」(第30段)――觸讋が末子の舒祺の世話を頼むと、太后が笑って問います。ここで初めて「子を愛すること」が話題になります。觸讋が持ち出したのではなく、太后が自分から口にした形です。
- 「父母の子を愛するや、則ち之が為に計ること深遠なり」(第30段)――この話で最もよく知られた句です。愛することと、将来を深く考えることを、一つのものとして語ります。
- 「必ず反らしむること勿かれ」(第30段)――燕に嫁いだ娘のために「帰ってくるな」と祈る。帰ってくるのは離縁や亡国の時だからです。太后が娘には遠い将来を考えていることを、太后自身の行為で示します。
- 「位尊くして功無く、奉厚くして勞無くして、重器を挾むこと多きなり」(第30段)――君主の子孫が代を続けられない理由です。長安君への愛が、まさにこの状態を作っている、と。
- 「君の之を使ふ所を恣にせよ」(第30段)――太后の承諾です。顔に唾を吐くと言った人が、「あなたの思うとおりに」と言う。觸讋は一度も「人質に出せ」と言わずに、ここまで来ました。
要点
- 末子を人質に出すことを拒んだ趙の太后を、老臣觸讋が子を愛する話から説き、長安君を斉に送らせた話です。「父母の子を愛するや、則ち之が為に計ること深遠なり」の出典です。
- 觸讋は一度も「人質に出せ」と言わず、体の話、自分の末子の話、太后の娘の話と、太后に一つずつ「そうです」と言わせて結論に導きます。
- 芯にあるのは、功のない尊位は続かないという政治の原則で、結びの子義の評はこれを人臣一般に広げています。
INTERPRETATION
AI時代の経営への読み替え
事業承継の計画書や株式の整理はAIと専門家で進められます。しかし「後継者に功を立てさせているか」は、親である経営者にしか決められません。AIに任せるのは、後継者が成し遂げたことの記録と、任せていない領域の可視化です。
説得の順序も学べます。反対している相手に正面から言わず、相手が「そうです」と答える問いから始める。「父母が子を愛するなら、将来を深く考える」という一般論に太后は同意し、そこから自分の娘への扱いと長安君への扱いの違いに気づきました。議論の整理はAIでできますが、順序を組むのは人です。
LODGING & TOURISM
宿泊・観光の現場例
息子に支配人の肩書を与えたが、予約の方針も設備投資も親が決めている旅館では、親が倒れたときに息子が現場からも取引先からも信用されず、苦労する例があります。功を立てていないからです。
番頭格の古参が、親に「若旦那に一つ、自分で決めさせてください」と言える関係があると、違います。觸讋の役を誰が担うかです。
現場例は、支援内容を考えるための提案例であり、実在する顧客施設の運用実績ではありません。
TRY TOMORROW
明日から試せる問い・行動
後継者の功を、確かめる
- 後継者が自分で決め、自分で成し遂げたことは何か。親の助けなしで。
- 任せていない領域は何か。その理由は、本人の力不足か、親の心配か。
- 反対する親(あるいは自分)を説くなら、どの順序で問うか。觸讋の順序を書き出す。
位が高くて功がない者は続かない。これは、親の愛情とは別の話です。
SOURCE & NOTES
出典・版・注記
- 原文:維基文庫「戰國策 (士禮居叢書本)/趙/四」固定版 2458667(ページ、固定版、履歴)。原著(劉向 編『戰國策』)はパブリックドメイン。電子テキストの編集上の寄与は CC BY-SA 4.0(https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/)。
- 原文への変更:本文を抽出し、姚本・鮑本・札記等の注釈と注釈行を除去。策ごとの見出しをsection_titleに分離し、校記をnotesへ分離。
- 読み下し文:本データで原文から新たに作成したもので、既存の訳注書の転載ではない。状態:draft_unreviewed(未校閲)。CC BY-SA 4.0。
読み下し・現代語訳・本文解説・経営解釈:宿泊DXラボ。読み下し・現代語訳・解説は原文から新たに作成した下書きで、校閲前のものです。古典の訓読と解釈には異なる見方があります。
編集:宿泊DXラボ。