MANAGEMENT ISSUE

今回の経営課題

新しい支配人に改革を任せた。外部の専門家に現場の立て直しを頼んだ。任せたあと、必ず起きるのが悪評です。「現場が混乱している」「あの人は分かっていない」。一度目は聞き流し、二度目は気になり、三度目で任せた側の心が揺れます。

曾子の母でさえ三人目で逃げました。甘茂はそれを知っていたので、任される前に王と約束を結びました。悪評は来る、来たときにどうするか、を先に決めておく話です。

漢文原文

『戰國策』秦二「秦武王謂甘茂」の原文

秦武王謂甘茂曰:「寡人欲車通三川,以闚周室,而寡人死不杇乎?」甘茂對曰:「請之魏,約伐韓。」王令向壽輔行。甘茂至魏,謂向壽:「子歸告王曰:『魏聽臣矣,然願王勿攻也。』事成,盡以為子功。」向壽歸以告王,王迎甘茂於息壤。甘茂至,王問其故。對曰:「宜陽,大縣也,上黨、南陽積之久矣,名為縣,其實郡也。今王倍數險,行千里而攻之,難矣。臣聞張儀西并巴、蜀之地,北取西河之外,南取上庸,天下不以為多張儀而賢先王。魏文侯令樂羊將,攻中山,三年而拔之,樂羊反而語功,文侯示之謗書一篋,樂羊再拜稽首曰:『此非臣之功,主君之力也。』今臣羇旅之臣也,樗里疾、公孫衍二人者,挾韓而議,王必聽之,是王欺魏,而臣受公仲侈之怨也。昔者曾子處費,費人有與曾子同名族者而殺人,人告曾子母曰:『曾參殺人。』曾子之母曰:『吾子不殺人。』織自若。有頃焉,人又曰:『曾參殺人。』其母尚織自若也。頃之,一人又告之曰:『曾參殺人。』其母懼,投杼踰牆而走。夫以曾參之賢,與母之信也,而三人疑之,則慈母不能信也。今臣之賢不及曾子,而王之信臣又未若曾子之母也,疑臣者不適三人,臣恐王為臣之投杼也。」王曰:「寡人不聽也,請與子盟。」於是與之盟於息壤。果攻宜陽,五月而不能拔也。樗里疾、公孫衍二人在,爭之王,王將聽之,召甘茂而告之。甘茂對曰:「息壤在彼。」王曰:「有之。」因悉起兵,復使甘茂攻之,遂拔宜陽。

出典:『戰國策』秦二「秦武王謂甘茂」/維基文庫固定版 2458651 原文と版情報を確認 ↗

読み下し文

曾參殺人と息壤の盟の読み下し

第13段

秦の武王甘茂に謂ひて曰はく、「寡人車を三川に通じ、以て周室を闚はんと欲す。而して寡人死すとも杇ちざらんか」と。甘茂對へて曰はく、「請ふ魏に之きて、韓を伐つを約せん」と。王向壽をして行を輔けしむ。

第14段

甘茂魏に至り、向壽に謂ふ、「子歸りて王に告げて曰へ、『魏臣に聽けり。然れども願はくは王攻むること勿かれ』と。事成らば、盡く以て子の功と為さん」と。向壽歸りて以て王に告ぐ。王甘茂を息壤に迎ふ。

第15段

甘茂至る。王其の故を問ふ。對へて曰はく、「宜陽は、大縣なり。上黨・南陽之を積むこと久し。名は縣と為すも、其の實は郡なり。今王數險に倍き、千里を行きて之を攻む、難し。臣聞く、張儀西のかた巴・蜀の地を并せ、北のかた西河の外を取り、南のかた上庸を取るも、天下以て張儀を多とせずして先王を賢とす。魏の文侯樂羊をして將として、中山を攻めしめ、三年にして之を拔く。樂羊反りて功を語るに、文侯之に謗書一篋を示す。樂羊再拜稽首して曰はく、『此れ臣の功に非ず、主君の力なり』と。今臣は羇旅の臣なり。樗里疾・公孫衍の二人は、韓を挾みて議す。王必ず之に聽かん。是れ王魏を欺きて、臣公仲侈の怨みを受くるなり。昔者曾子費に處る。費人に曾子と名族を同じうする者有りて人を殺す。人曾子の母に告げて曰はく、『曾參人を殺せり』と。曾子の母曰はく、『吾が子は人を殺さず』と。織ること自若たり。頃有りて、人又曰はく、『曾參人を殺せり』と。其の母尚ほ織ること自若たり。之を頃にして、一人又之に告げて曰はく、『曾參人を殺せり』と。其の母懼れ、杼を投じ牆を踰えて走る。夫れ曾參の賢と、母の信とを以てして、三人之を疑へば、則ち慈母も信ずること能はず。今臣の賢は曾子に及ばず、而して王の臣を信ずるも又未だ曾子の母に若かず、臣を疑ふ者は三人のみに適まらず。臣恐る、王の臣の為に杼を投ぜんことを」と。王曰はく、「寡人聽かざるなり。請ふ子と盟はん」と。是に於いて之と息壤に盟ふ。

第16段

果たして宜陽を攻め、五月にして拔くこと能はざるなり。樗里疾・公孫衍の二人在り、之を王に爭ふ。王將に之に聽かんとし、甘茂を召して之に告ぐ。甘茂對へて曰はく、「息壤彼に在り」と。王曰はく、「之れ有り」と。因りて悉く兵を起こし、復た甘茂をして之を攻めしめ、遂に宜陽を拔く。

第13段の注

  • 読み甘茂の宜陽攻めと「曾參殺人」「息壤の盟」の故事。

第15段の注

  • 読みいわゆる「曾參殺人」の故事。

読み下しは、掲載した原文から新たに作成した下書きで、校閲前のものです。漢字は原文の字体を保ち、送り仮名は歴史的仮名遣いです。訓読には異なる読み方があります。

現代語訳

曾參殺人と息壤の盟を現代の言葉で読む

秦の武王が甘茂に言った。「私は車を三川に通じ、周の王室を窺いたい。そうすれば死んでも朽ちないだろう。」甘茂は答えた。「魏へ行って、韓を攻める約束を結びましょう。」王は向寿を副使として同行させた。(第13段)

甘茂は魏に着くと、向寿に言った。「あなたは帰って王に申し上げてください。『魏は私の言うことを聞きました。しかし王は攻めないでください』と。事が成ったら、功はすべてあなたのものにします。」向寿は帰って王に告げ、王は息壤で甘茂を迎えた。(第14段)

甘茂が着くと、王はその理由を問うた。甘茂は答えた。「宜陽は大きな県で、上党と南陽の富が長年蓄えられています。名は県ですが実は郡です。いま王はいくつもの要害に背を向け、千里を行ってこれを攻める。難しいことです。張儀は西に巴・蜀を併せ、北に西河の外を取り、南に上庸を取りましたが、天下は張儀を褒めず、先王を賢としました。魏の文侯は楽羊を将として中山を攻めさせ、三年で落としました。楽羊が帰って功を語ると、文侯は彼を謗る文書を一箱見せました。楽羊は再拝して頭を地につけ、『これは私の功ではなく、主君のお力です』と言いました。いま私はよそから来た臣です。樗里疾と公孫衍の二人は韓をかばって議論し、王は必ずそれを聞くでしょう。そうなれば王は魏をあざむくことになり、私は韓の公仲侈の怨みを受けます。むかし曾子が費に住んでいたとき、費の人で曾子と同じ名の者が人を殺しました。人が曾子の母に『曾参が人を殺した』と告げると、母は『私の子は人を殺さない』と言って、平然と織り続けました。しばらくしてまた人が『曾参が人を殺した』と言っても、母はまだ平然と織っていました。さらにしばらくして、もう一人が『曾参が人を殺した』と告げると、母は恐れて、杼を投げ捨て、垣根を越えて逃げました。曾参の賢さと母の信頼をもってしても、三人が疑えば慈母でも信じられなくなるのです。いま私の賢さは曾子に及ばず、王の私への信頼も曾子の母ほどではなく、私を疑う者は三人ではすみません。王が私のために杼を投げ捨てることを恐れます。」王は言った。「私は聞かない。あなたと盟約しよう。」そこで息壤で盟約を結んだ。(第15段)

はたして宜陽を攻めると、五か月たっても落ちなかった。樗里疾と公孫衍の二人が王に争って訴え、王が聞き入れそうになり、甘茂を召して告げた。甘茂は答えた。「息壤はあそこにあります。」王は言った。「そうであった。」そこで全軍を起こし、再び甘茂に攻めさせて、ついに宜陽を落とした。(第16段)

掲載した読み下し文の流れを追えるよう、平易な現代語に訳しています。現代の組織へそのまま適用するのではなく、本文の考え方を理解するための訳です。

WORDS & CONTEXT

語句と背景

甘茂(かんぼう)

楚の出身で秦に仕えた臣。「羇旅の臣」と自称するのはそのためです。

秦武王

前4世紀末の秦王。

三川

韓の領域で、周の都洛陽の近くの地域。宜陽はその要衝の韓の大県です。

息壤(そくじょう)

秦の地名。ここで盟約を結んだことから、「息壤の盟」といえば、約束を守ることを求める言葉になりました。

樗里疾(ちょりしつ)・公孫衍(こうそんえん)

秦の重臣。甘茂の政敵として描かれます。

公仲侈(こうちゅうし)

韓の宰相。

楽羊(がくよう)・文侯

楽羊は魏の文侯に仕えた将。中山攻めについては、『戦国策』魏策一(本データ zhanguoce/c22/s3)と『韓非子』説林上(本データ hanfeizi/c22)に、人質の子を煮た羹を飲んだ別の話が伝わります。

曾子(曾参)

孔子の弟子。孝行で知られます。費は魯の邑です。

背景

「三人成虎」(本データ 三人成虎)とよく似た主題です。あちらは「市場に虎がいる」という嘘が三人で事実になる話、こちらは人殺しの噂が三人で母親の信頼を崩す話です。どちらも、讒言が怖いのは中身ではなく回数だ、と説きます。違いは結末です。三人成虎の龐蔥は王に「察せよ」と頼むしかできず、讒言に敗れます。甘茂は王に盟約を結ばせ、その場所の名を切り札として残しました。『戦国策』には讒言に敗れる話が多い中で、これは先手を打って勝った例です。

もう一つ、甘茂の説得の順序に注目してください。まず宜陽攻めの困難を認め、次に張儀と楽羊の先例を引き、最後に曾参の母の話で王の信頼の弱さを突きます。王に「あなたの信頼は曾参の母ほどではない」と言わせるのは危険な言い方ですが、それを譬え話の形で通しています。

本文の解説

讒言が怖いのは中身ではなく回数だと、先に言っておく

秦の武王は韓の宜陽(ぎよう)を取って周室を窺いたいと望み、甘茂(かんぼう)がその攻略を引き受けます(第13〜14段)。甘茂は出発前に王に言います。宜陽は大きく、遠征は困難で、長びけば必ず反対する者が出る。魏の楽羊が中山を三年で落としたとき、文侯は彼を謗る文書を一箱見せた。昔、曾参(曾子)の母は、人殺しの噂を一度二度は信じなかったが、三人目が告げると機の杼を投げ捨てて逃げた。賢者の母でさえ三人に疑われれば信じられなくなる。私を疑う者は三人どころではない。王が杼を投げないか心配だ、と。王は「聞かない」と誓い、息壤(そくじょう)の地で盟約を結びます(第15段)。宜陽攻めは五か月たっても落ちず、重臣が反対し、王が心変わりしかけたとき、甘茂は一言「息壤はあそこにあります」と言います。王は盟約を思い出し、兵を増やして宜陽を落としました(第16段)。

「曾参殺人」と「息壤の盟」の出典です。

原文を読む

  • 「寡人死すとも杇ちざらんか」(第13段)――武王の望みは領土ではなく名です。「死んでも朽ちない」功業を求める王の気持ちが、この遠征の出発点です。
  • 「請ふ魏に之きて、韓を伐つを約せん」「然れども願はくは王攻むること勿かれ」(第13〜14段)――甘茂は魏との約束を取りつけたうえで、「攻めないでください」と伝えさせます。王を自分から呼び出させる手順です。
  • 「此れ臣の功に非ず、主君の力なり」(第15段)――楽羊の話の要点です。功を立てた将でさえ、留守中の讒言を主君が握っていた。甘茂はこれを自分の先例として引きます。
  • 「其の母懼れ、杼を投じ牆を踰えて走る」(第15段)――「曾参殺人」の核心です。三度目には、母親が織物を投げ捨てて逃げる。信頼が崩れる瞬間を、動作で描いています。
  • 「臣恐る、王の臣の為に杼を投ぜんことを」(第15段)――甘茂は自分を曾参に、王を曾参の母に重ねます。王の信頼が母の信頼に及ばないことを、王自身に認めさせる言い方です。
  • 「息壤彼に在り」(第16段)――たった五字で王の心変わりを止めます。長い説明を繰り返さず、盟約の場所の名だけを言う。この簡潔さが、この話をよく知られたものにしました。

要点

  • 甘茂が宜陽攻めの前に、讒言で王の信頼が崩れることを曾参の母の話で予告し、息壤で盟約を結んだ話です。
  • 五か月たって王が心変わりしかけたとき、「息壤はあそこにあります」の一言で盟約を思い出させ、宜陽を落としました。
  • 讒言は中身より回数が怖い、という点で「三人成虎」と同じ主題ですが、こちらは先手を打って勝った例です。

INTERPRETATION

AI時代の経営への読み替え

任せるとき、期限と判断に使う数字を決め、それを文書にしておきます。会議の記録や合意事項の整理はAIで楽になりました。大事なのは、記録があることではなく、心が揺れたときにそれを見ることです。甘茂の「息壤はあそこにあります」は、記録の場所を指差す一言でした。

悪評への対処も決めておきます。誰から来た話か、本人に確かめたか、数字はどうなっているか。三度来たから本当だ、とは考えない。回数ではなく確認で判断する、と先に決めておけば、三度目でも揺れずにすみます。

LODGING & TOURISM

宿泊・観光の現場例

新任の支配人に客室稼働の改善を任せ、半年の猶予と、判断に使う数字(稼働率、平均単価、口コミ評価)を文書で約束したとします。三か月目に古参スタッフから「現場がついていけない」という声が重なる。ここで約束の文書を開き、数字を見て、支配人本人に現場の声を伝えて答えを聞く。それが息壤の盟の使い方です。

約束がなければ、三か月目の悪評で支配人を外し、改革は中途半端に終わります。次に任される人は、最初から本気で動かなくなります。

現場例は、支援内容を考えるための提案例であり、実在する顧客施設の運用実績ではありません。

TRY TOMORROW

明日から試せる問い・行動

任せる前に、三つを書いて渡す

  1. 期限と、判断に使う数字。いつ、何を見て判断するか。
  2. 悪評が来たときの確認手順。誰に確かめ、本人にどう伝えるか。
  3. その約束を書いた場所。心が揺れたときに、どこを見るか。

三つを書いた紙が、あなたにとっての息壤になります。

SOURCE & NOTES

出典・版・注記

  • 原文:維基文庫「戰國策 (士禮居叢書本)/秦/二」固定版 2458651(ページ、固定版、履歴)。原著(劉向 編『戰國策』)はパブリックドメイン。電子テキストの編集上の寄与は CC BY-SA 4.0(https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/)。
  • 原文への変更:本文を抽出し、姚本・鮑本・札記等の注釈と注釈行を除去。策ごとの見出しをsection_titleに分離し、校記をnotesへ分離。
  • 読み下し文:本データで原文から新たに作成したもので、既存の訳注書の転載ではない。状態:draft_unreviewed(未校閲)。CC BY-SA 4.0。

読み下し・現代語訳・本文解説・経営解釈:宿泊DXラボ。読み下し・現代語訳・解説は原文から新たに作成した下書きで、校閲前のものです。古典の訓読と解釈には異なる見方があります。

編集:宿泊DXラボ。