MANAGEMENT ISSUE

今回の経営課題

大手のチェーンから買収の打診を受ける。予約サイトから手数料の改定を通告される。相手はまず恩を売り、次に脅します。「これまで便宜を図ってきた」「応じなければ扱いが変わる」。小さい側には、剣を抜く選択肢はありません。

唐且がしたのは、秦王の「屍百万、血千里」という大きな数字に、「屍二人、血五歩」という小さな数字で答えることでした。大きな数字は他人の死の話、小さな数字は秦王自身の話です。相手にも失うものがあることを、相手自身の身に引き寄せて示したのです。

漢文原文

『戰國策』魏四「秦王使人謂安陵君」の原文

秦王使人謂安陵君曰:「寡人欲以五百里之地易安陵,安陵君其許寡人。」安陵君曰:「大王加惠,以大易小,甚善。雖然,受地於先生,願終守之,弗敢易。」秦王不說。安陵君因使唐且使於秦。秦王謂唐且曰:「寡人以五百里之地易安陵,安陵君不聽寡人,何也?且秦滅韓亡魏,而君以五十里之地存者,以君為長者,故不錯意也。今吾以十倍之地,請廣於君,而君逆寡人者,輕寡人與?」唐且對曰:「否,非若是也。安陵君受地於先生而守之,雖千里不敢易也,豈直五百里哉?」秦王怫然怒,謂唐且曰:「公亦嘗聞天子之怒乎?」唐且對曰:「臣未嘗聞也。」秦王曰:「天子之怒,伏屍百萬,流血千里。」唐且曰:「大王嘗聞布衣之怒乎?」秦王曰:「布衣之怒,亦免冠徒跣,以頭搶地爾。」唐且曰:「此庸夫之怒也,非士之怒也。夫專諸之刺王僚也,彗星襲月;聶政之刺韓傀也,白虹貫日;要離之刺慶忌也,倉鷹擊於殿上。此三子者,皆布衣之士也,懷怒未發,休祲降於天,與臣而將四矣。若士必怒,伏屍二人,流血五步,天下縞素,今日是也。」挺劍而起。秦王色撓,長跪而謝之曰:「先生坐,何至於此,寡人諭矣。夫韓、魏滅亡,而安陵以五十里之地存者,徒以有先生也。」

出典:『戰國策』魏四「秦王使人謂安陵君」/維基文庫固定版 2458687 原文と版情報を確認 ↗

読み下し文

唐且、使命を辱めずの読み下し

秦王人をして安陵君に謂はしめて曰はく、「寡人五百里の地を以て安陵に易へんと欲す。安陵君其れ寡人に許せ」と。安陵君曰はく、「大王惠を加へ、大を以て小に易ふ、甚だ善し。然りと雖も、地を先生に受け、願はくは終に之を守らん、敢へて易へず」と。秦王說ばず。安陵君因りて唐且をして秦に使ひせしむ。秦王唐且に謂ひて曰はく、「寡人五百里の地を以て安陵に易へんとするに、安陵君寡人に聽かざるは、何ぞや。且つ秦韓を滅ぼし魏を亡ぼすに、而も君五十里の地を以て存する者は、君を以て長者と為す、故に意を錯かざるなり。今吾十倍の地を以て、君に廣めんことを請ふに、而も君寡人に逆らふは、寡人を輕んずるか」と。唐且對へて曰はく、「否、是の若きに非ざるなり。安陵君地を先生に受けて之を守る、千里と雖も敢へて易へざるなり。豈に直だ五百里のみならんや」と。秦王怫然として怒り、唐且に謂ひて曰はく、「公も亦嘗て天子の怒りを聞くか」と。唐且對へて曰はく、「臣未だ嘗て聞かざるなり」と。秦王曰はく、「天子の怒りは、屍を伏すること百萬、血を流すこと千里」と。唐且曰はく、「大王嘗て布衣の怒りを聞くか」と。秦王曰はく、「布衣の怒りは、亦冠を免し跣を徒にし、頭を以て地に搶つのみ」と。唐且曰はく、「此れ庸夫の怒りなり、士の怒りに非ざるなり。夫れ專諸の王僚を刺すや、彗星月を襲ふ。聶政の韓傀を刺すや、白虹日を貫く。要離の慶忌を刺すや、倉鷹殿上に擊つ。此の三子なる者は、皆布衣の士なり。怒りを懷きて未だ發せざるに、休祲天より降る。臣と將に四ならんとす。若し士必ず怒らば、屍を伏すること二人、血を流すこと五步、天下縞素せん。今日是れなり」と。劍を挺きて起つ。秦王色撓み、長跪して之に謝して曰はく、「先生坐せよ。何ぞ此に至らん、寡人諭れり。夫れ韓・魏滅亡して、安陵五十里の地を以て存する者は、徒だ先生有るを以てなり」と。

  • 読みいわゆる「唐雎不辱使命」の故事。本データでは「唐且」に作る。
  • 本文「受地於先生」の「先生」は「先王」の誤りとみられる。ここでは原文の字を保って読んだ。

読み下しは、掲載した原文から新たに作成した下書きで、校閲前のものです。漢字は原文の字体を保ち、送り仮名は歴史的仮名遣いです。訓読には異なる読み方があります。

現代語訳

唐且、使命を辱めずを現代の言葉で読む

秦王が人をやって安陵君に言った。「私は五百里の地で安陵と交換したい。安陵君、承知してくれ。」安陵君は言った。「大王が恩恵を加え、大きいものを小さいものに換えてくださるのは、ありがたい。しかし、土地は先君から受けたもので、最後まで守りたい。交換はできません。」秦王は不快であった。安陵君は唐且を秦に使わせた。秦王は唐且に言った。「私が五百里の地で安陵と交換しようというのに、安陵君が聞かないのはなぜか。それに秦は韓を滅ぼし魏を亡ぼしたのに、君が五十里の地で存続しているのは、君を長者と思って、気にかけなかったからだ。いま私は十倍の地で君の領地を広げようというのに、君が私に逆らうのは、私を軽んじているのか。」唐且は答えた。「いいえ、そうではありません。安陵君は先君から土地を受けて守っています。千里でも交換しません。五百里どころではありません。」秦王はむっとして怒り、唐且に言った。「君も天子の怒りを聞いたことがあるか。」唐且は答えた。「聞いたことがありません。」秦王は言った。「天子の怒りは、屍を伏せること百万、血を流すこと千里だ。」唐且は言った。「大王は布衣の怒りを聞いたことがありますか。」秦王は言った。「布衣の怒りは、冠を脱いで素足になり、頭を地に打ちつけるだけだ。」唐且は言った。「それは凡夫の怒りで、士の怒りではありません。専諸が王僚を刺したとき、彗星が月を襲いました。聶政が韓傀を刺したとき、白い虹が日を貫きました。要離が慶忌を刺したとき、鷹が宮殿の上で撃ちかかりました。この三人はみな布衣の士です。怒りを抱いてまだ発しないうちに、天から前兆が降りました。私を加えて四人になります。もし士が必ず怒れば、屍を伏せること二人、血を流すこと五歩、天下は喪服を着ます。今日がそれです。」剣を抜いて立ち上がった。秦王は顔色を変え、膝をついて謝った。「先生、お座りください。どうしてここまで。私は分かった。韓・魏が滅亡して、安陵が五十里で存続しているのは、ただ先生がいるからだ。」

掲載した読み下し文の流れを追えるよう、平易な現代語に訳しています。現代の組織へそのまま適用するのではなく、本文の考え方を理解するための訳です。

WORDS & CONTEXT

語句と背景

安陵(あんりょう)

魏の属国の小国。五十里四方の領地しかありませんでした。

唐且(とうしょ)

安陵君の臣。一般には「唐雎」の名で知られます。本データでは原文のとおり「唐且」としています。

秦王

秦の始皇帝(当時は秦王政)。話の中で、秦はすでに韓と魏を滅ぼしています。

布衣(ふい)

麻の衣。官位のない者をいいます。

專諸(せんしょ)

呉の刺客。『史記』刺客列伝に伝があります(維基文庫『史記』巻八十六、固定版 2388562)。

聶政(じょうせい)

韓の刺客。同じく『史記』刺客列伝に伝があります。

要離(ようり)

呉の刺客。

縞素(こうそ)

白い喪服。

長跪(ちょうき)

膝をついて上体を起こす姿勢。詫びや敬意を表します。

背景

秦が韓・魏を滅ぼした直後、つまり天下統一の数年前の話として語られています。小国の使者が強国の王に剣を抜いて立ち、王が膝をついて謝る、という結末はあまりに劇的で、秦王の前で剣を帯びていられたとは考えにくいこともあり、史実ではなく作られた話と見られています。

とはいえ話としては整っています。秦王は恩を売り、次に「天子の怒り」で脅し、「布衣の怒り」をあざけります。唐且は、その「布衣」の中から刺客という別の種類を取り出し、秦王の「百万、千里」という大きな数字に「二人、五歩」という小さな数字を返します。大きい数字は他人の死の話で、小さい数字は秦王自身の死の話です。数字が小さくなるほど秦王に近づく。この逆転が、この話の要です。

同じ秦王政に対して、荊軻は実際に剣で迫りました(本データ 荊軻、秦王を刺す)。あちらは失敗に終わり、こちらは言葉だけで王を屈服させます。二つを並べて読むと、『戦国策』がどういう話を好んだかが分かります。

本文の解説

数字が小さくなるほど、秦王自身に近づく

秦王が小国安陵の君に「五百里の土地と安陵を交換しよう」と持ちかけます。安陵君は「先君から受けた土地なので守りたい」と断り、使者として唐且(とうしょ)を秦に送ります。秦王は「秦は韓と魏を滅ぼしたのに、五十里の安陵を残しているのは君を長者と思ったからだ。十倍の土地を与えるというのに逆らうのは、私を軽んじているのか」と言います。唐且は「先君から受けた土地は千里でも交換しない」と答えます。秦王は怒って「天子の怒りを知っているか。屍百万、血は千里に流れる」と言い、「布衣の怒りは、冠を脱いで素足になり頭を地に打ちつけるだけだ」とあざけります。唐且は「それは凡夫の怒りで、士の怒りではない」と言い、専諸・聶政・要離の三人の刺客を挙げ、「私を入れて四人になる。士が怒れば屍は二人、血は五歩に流れ、天下が喪服を着る。今日がそれだ」と言って剣を抜いて立ちます。秦王は顔色を変え、膝をついて謝りました(第35段)。

「唐雎(唐且)、使命を辱めず」として知られる話です。

原文を読む

  • 「地を先生に受け、願はくは終に之を守らん、敢へて易へず」(第35段)――安陵君の断りです。「先生」は「先王」の誤りとみられ、本データの原文注にもその旨を記しています。先君から受けた土地は交換の対象ではない、という理屈です。
  • 「君を以て長者と為す、故に意を錯かざるなり」(第35段)――秦王の言い分です。韓・魏を滅ぼしたのに安陵を残したのは、お情けだ。その恩を忘れて逆らうのか、と。脅しの前の、恩を売る段階です。
  • 「天子の怒りは、屍を伏すること百萬、血を流すこと千里」(第35段)――秦王の脅しです。これに「布衣の怒り」をあざけって対にします。
  • 「此れ庸夫の怒りなり、士の怒りに非ざるなり」(第35段)――唐且の反撃の起点です。秦王の言う「布衣の怒り」は凡夫の怒りで、士の怒りは別だ、と言って、三人の刺客を並べます。
  • 「屍を伏すること二人、血を流すこと五步、天下縞素せん。今日是れなり」(第35段)――「百万、千里」に「二人、五歩」で答えます。二人とは秦王と自分です。小さな数字のほうが怖い、という逆転です。
  • 「劍を挺きて起つ」(第35段)――言葉のあとに動作が来ます。ここで秦王は「色撓み、長跪して」謝ります。

要点

  • 安陵との土地交換を断られた秦王が使者の唐且を脅し、唐且が三人の刺客を挙げて「士の怒り」を説き、剣を抜いて秦王を謝らせた話です。
  • 秦王の「屍百万、血千里」に、唐且は「屍二人、血五歩」で答えます。数字が小さいほど秦王自身に近づく、という逆転が要です。
  • 秦王の前で剣を抜く結末は史実とは考えにくく、小国の士の気概を描いた物語として読まれています。

INTERPRETATION

AI時代の経営への読み替え

契約の条件や論点の整理はAIで速くできます。相手の提示が業界の標準から外れているかどうかも、調べられます。しかし交渉の場で「あなたにも失うものがある」と相手に気づかせるのは、人の仕事です。地域での評判、顧客データ、立地、長年の常連。これらは安陵君の「先君から受けた土地」に当たります。千里でも交換しない、と言える基準が要ります。

また、剣を抜く結末は史実とは考えにくい、と本文の解説にあります。現実の交渉では、剣の代わりに「相手が失うもの」を具体的に示す準備が要ります。

LODGING & TOURISM

宿泊・観光の現場例

予約サイトから手数料の引き上げを通告された施設が、「貴社にとって当館の客層はどんな価値があるか」を数字で示し、「応じられなければ他経路に移す」と伝えて条件を据え置いた、という例があったとします。屍二人の論理です。

買収の打診では、「先王の地」が何かが問われます。建物か、ブランドか、常連か、従業員か。それが決まっていないと、交渉の途中で譲ってしまいます。

現場例は、支援内容を考えるための提案例であり、実在する顧客施設の運用実績ではありません。

TRY TOMORROW

明日から試せる問い・行動

譲れないものを、書き出す

  1. 先王から受けた土地に当たるものは何か。千里と交換しないものを一つ決める。
  2. 相手が失うものは何か。相手の立場で、自社との取引が切れたときの損を数える。
  3. 誰が唐且か。経営者自身か、交渉を任せる人か。その人は「屍二人」と言えるか。

恩を売られたときに、恩の中身を確かめることから始まります。

SOURCE & NOTES

出典・版・注記

  • 原文:維基文庫「戰國策 (士禮居叢書本)/魏/四」固定版 2458687(ページ、固定版、履歴)。原著(劉向 編『戰國策』)はパブリックドメイン。電子テキストの編集上の寄与は CC BY-SA 4.0(https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/)。
  • 原文への変更:本文を抽出し、姚本・鮑本・札記等の注釈と注釈行を除去。策ごとの見出しをsection_titleに分離し、校記をnotesへ分離。
  • 読み下し文:本データで原文から新たに作成したもので、既存の訳注書の転載ではない。状態:draft_unreviewed(未校閲)。CC BY-SA 4.0。

読み下し・現代語訳・本文解説・経営解釈:宿泊DXラボ。読み下し・現代語訳・解説は原文から新たに作成した下書きで、校閲前のものです。古典の訓読と解釈には異なる見方があります。

編集:宿泊DXラボ。